1.偶然の再会

妄想の彼女 美和子

高校1年の春、初めて山本美和子を見たときから、その存在が隆志の頭の中でどんどん大きくなって、隆志の意識は美和子から片時も離れることができなくなった。今思えば、3年間ずっと隣のクラス同士という状況が、近くにいるが絶対に手が届かないという隆志と美和子の関係を象徴していたのかもしれなかった。
その当時、美和子は前髪を真っ直ぐに切りそろえていて、ポニーテールを結った、やさしい顔立ちをした美少女だった。学内には他に目立つ女の子もたくさんいたが、なんといっても美和子がダントツで男子の目を引いていた。それは美和子が、制服の上からでも明らかに分かるほどの巨乳だったからだ。日に日に体が大きくなって、牡としての本能に目覚めていく男子生徒にとって、美和子の巨乳は全男子憧れの的であり、その評判は学年中に鳴り響いていたのだった。しかも巨乳でありながら清楚な美少女で、手足が長く細く、全体のシルエットはスレンダーという、まさに美和子は完全無敵のエロ・ボディだった。
(あの胸に顔を埋めて、おもいっきり揉みまくりたい)
それは多くの男子たちが思い描く夢だった。その夢を叶えようと何人かのつわものが美和子にアタックしたが、誰一人OKをもらったものはいなかった。結果として高校3年間、美和子は誰とも付き合うことがなかったというのが定説だった。その清廉さが一部の男子をさらに熱狂させ、あちらこちらに秘密の美和子クラブが出来上がるほどだった。そうしたクラブのメンバーは、どう考えてもモテないクラスの3軍男子が中心となっていて、隆志も同じクラスの仲間2人と密かに美和子会を作っていた。

隆志が高3になったある夏のことだった。放課後のファミレスで、いつものようにドリンクバーで粘っていた隆志とカトーのもとに、新吉が息せき切って駆け込んできた。
「どうしたんだよ。何、興奮してんだよ」
「これが興奮せずにいられるか」
新吉はえらい勢いで隆志の隣に座った。新吉というのはあだ名でもなんでもなく、それが彼の本名だった。ただ名前ではなく、名字が「シンキチ」という珍しいもので、スポーツ刈りの風貌と共に、名前通りどこかレトロを匂わす男だった。
「何があったんだよ。早くいえよ」
カトーが新吉をせかした。身長180センチと3軍男子にしては高身長のカトーこと加藤則之は、その高身長を打ち消してしまうほどの面長の馬面で、しかも運動神経がゼロだった。長い手足を持て余しており、どうもカトーの脳味噌は運動に有利なはずの長い手足の活かし方が、よくわかっていないようだった。特に走る姿は滑稽で、その様子からクラスでは糸の無い操り人形と呼ばれていた。
「驚くなよ。今さっき、山本のバインを見ちゃったんだよ」
「なんだよそれ」
隆志が思わず身を乗り出した。
「見たって、まさか水着のバインを見たのか?」
カトーが驚きの表情で新吉を問いただした。
「そうだよ、見ちゃたんだよ。水着のバイン。バイン、バインって、本当に凄いぜ」
新吉のいう山本のバインとは、美和子が走る時に大きく揺れる胸元のことだ。体育祭やマラソン大会の時、美和子の走る姿は3軍男子の密かな楽しみのひとつになっていたのだ。
「あれはね、上下に揺れてるんじゃないんだ。こう、なんというか、うねるように回転しながら弾んでいるんだぜ」
新吉が美和子の揺れを分析した。
「つまりバイン、バインって感じで揺れるんだな」
カトーが手のふりを付けながら、その揺れを音で再現した。
「まさしく、それだ!」
3人はガッテンし、それ以来、「山本のバイン」が、隆志たちの辞書に書き込まれたのだった。
「だけどお前、どうやって水着のバインを見たんだよ」
隆志たちはクラスの違う美和子と同じ時間に体育の授業を受けたことがなく、当然、夏のお楽しみであるスクール水着になる美和子の姿を拝むことも出来なかった。
「今日、奴らは体育が6限目だったろ。それで水泳の後に何か片付けを言いつけられたみたいなんだよ。女子が4人ほど水着のまま残って、その片付けを終えてからプールから出てきたんだ」
「そこにお前が出食わしたわけか」
「そうなんだよ。ただ彼女たちも、まさか男子がいるなんて思ってもみなかったみたいで、おれを見つけたとたんに、更衣室に向かって走りだしたんだ」
「走ったのか!」
隆志は思わず叫んでしまった。
「そうだよ。興奮するだろ。他の女子なんてどうでもいいんだ。おれは山本にロックオンして、もうスローモーションみたいに、そのバイン、バインを瞼に焼き付けた」
「それで?」
「何が?」
意表を突くボケに、カトーが新吉の坊主頭をはたいた。
「何がじゃないよ。バインだよ」
「やっぱり聞きたいよね。いやー、凄いね、凄い。あれは凄いよ」
「もったいぶるなよ」
いらいらしてきた隆志が催促した。
「あのね、君たち、俺たちの推理はあたってるぞ。走る山本の胸は、時計回りに回転しているんだ」
「ほんとかよ?」
「本当だ。でっかい膨らみが、走りに合わせて揺れて、それはもう波打ちながら、時計回りに回転するんだ」
「なんで時計回りなんだよ」
カトーが質問した。
「そんなの知るかよ。でも時計回りに回るのは間違いない」
「ちくしょう。いいなぁ」
隆志は心からうらやんだ。
「DVDで、ビキニを着た巨乳アイドルが、ビーチを走る時みたいに揺れるんだな」
カトーがわかりやすい解説を加えた。
「山本のすごいのはビキニじゃなくて、スク水でも同じように揺れるんだ。つまりいかに大きいかってことだ」
新吉は得意になって続けた。
「それだけじゃないぞ。走っていく後姿もバッチリおがんだけど…ちょっと水着が食い込んでて、右側の半ケツがみえてたよぉ!」
「オマエ、ふざけんなよ」
「ケツまで見たのかよ」
カトーと隆志が新吉の衝撃の体験に総ツッコミした。
「そうなんだよ。山本は胸だけじゃなくて、太腿からぷりっとケツが出てて、すんごいぞ。ケツはプリプリプリだ」
「きたねぇ野郎だな」
カトーが呪詛の言葉を投げつけた。
「へへへ…。まあ日ごろから行いのいい俺に、神様がご褒美をくれたんだね」
新吉はエビス顔で、二人を見下ろした。隆志は新吉の頭の中にある美和子の映像をむしりとって、自分の記憶に移植できないかと本気で考えた。

高校を卒業した隆志は、1年浪人した後、猛勉強の甲斐があって、高偏差値の私大の法学部に進学した。入学当初は親に弁護士を目指すと息巻いていた隆志だったが、その夢はすぐに諦めた。暗記しまくって難関大に合格したのはいいけれど、難しい法律の条文を読もうとすると、隆志はすぐに眠くなってしまうのだ。面倒な法学のロジックを隆志の粗末な脳味噌が拒否して、眠りの世界へと旅立ってしまうのだった。こうして隆志は一番単位が取りやすい教科を選びつつ、ともかく留年だけはしないで卒業しようと目標を切り替えていた。
そんな隆志にとって大学の夏休みは憂鬱な季節だった。毎年の夏休みに、隆志たちは大量の課題図書をあてがわれて、長文のレポートを書かなければならないのだった。レポートを書く前に、隆志にとっては法学の書籍を読むことが苦痛だった。毎年8月の下旬になると、隆志は自宅にいるとダレるだけなので、図書館にこもるようになった。1日中、図書館の自習室の机にへばりつき、眠い目をこすりながら、毎日、課題図書に取り組むのだった。
そんな大学3年の夏に、隆志はまさかの山本美和子と再会したのだった。

その日の午後、隆志は大汗をかきながら町の図書館の自習室に駆け込んだ。思った通り図書館は混んでおり、窓際に一列に並んでいる自習机は大方埋まっていた。諦めかけたその時、幸運にもひとつだけあいている席が見つかって、隆志は慌ててそこに座った。そして何気なく隣の席を見たら、そこにいたのが山本美和子だった。心臓が止まりそうになったが、声をかける勇気もなく、隆志は素早くしかもさりげなく頬杖をして、美和子から顔を隠しながら、机の上に静かに課題図書を広げた。
腕の間から隣の美和子をこっそりと盗み見ると、その日の美和子は、黒い半そでのカットソーとデニムのミニスカートという服装だった。髪型は高校時代のポニーテールではなく、肩までに切りそろえた髪を、真ん中から分けていた。その横顔は相変わらず凛々しくて、すっと通った鼻筋と小鹿のように愛らしい瞳、長いまつげ、聡明そうな額、そして噛みつきたくなるような柔らかそうな頬に、唇はぽってりと桜色に光っていて、相変わらず見ほれるほどの美女だった。
机の下に目を移すと、デニムのミニスカートが美和子の太腿をキッチリと覆っており、座っている分、太腿の肉がスカートの下からムチムチと盛り上がっていた。まさに美和子は女性の美の絶頂期を迎えており、高校時代にはなかった成熟と色気を身につけているのだった。手を伸ばして、その張りのある太腿を撫でまわしたら、どんな感じがするのだろうか。隆志はそんな想像で、早くも股間を熱くしていた。
さらに机の下を盗み見ていくと、太腿から垂直に立ち上がっている美和子の胴体のフォルムもそそるものだった。特にスカートに包まれた下腹は、女性らしい丸っこい曲線を帯びていた。おそらくスカートの中では、美和子の小さめのパンティのゴムが下腹に食い込んでいるに違いなかった。もしそのゴムの下に指を入れられるなら、そこにはざらっとした感触の恥毛が生えそろっているに違いなく、きっと美和子のそれはやや薄めで、指先にからみついてくるだろうと思えた。そしてゴムの上にはお臍がすましていて、見事なウエストのくびれへとつながっていくのだろ。そこまで想像して、いよいよもって隆志は興奮して、股間を固くした。
一方、カットソーに包まれた上半身には、隆志たちが憧れていたバインが相変わらず大きな膨らみをみせていた。それは大きくロケット型に突き出ていて、先端が机に当たりそうになっていた。その瞬間、隆志は机になりたかった。黒いカットソーなので、中の下着が透けることはなかったが、(ここがブラのホックなのよ)と言わんばかりに、背中の真ん中あたりに、その形がくっきりと浮き出ていた。
(ああ、もうどうしよう…)
隆志は声をかけるべきどうか悩んだ。大学三年間で隆志の身長は伸びており、おそらく165センチくらいの美和子を見下ろす感じになっているだろう。大学には女子学生もいるので、同じクラスやゼミで、気軽に話せる女友達もできていた。複数の男女グループで飲みに行くこともあり、女の子と飲むことがそれほど特別な事とは思えないほどに、隆志も大人になっていたのだった。しかし隆志は未だに女性とふたりっきりのデートという経験はなく、童貞のままだった。そんな立場から、今ここで美和子に声を掛けるのは勇気のいることだった。唯一の救いは美和子が現役で入った大学の文学部より、隆志の大学の方が、偏差値が高いということだけだった。
(俺だってまんざらでもないんだぞ)
勇気を振り絞って、隆志は声をかけた。
「おい、山本だろ」
そう言われた美和子がこちらを向いた。至近距離から見た美和子の顔はあまりの美しさで、隆志は吸い込まれそうだった。
「えっ、新谷君?」
「そうだよ。久しぶりだね」
美和子がこっくりとうなずいた。
「ねぇ、ちょっと話さないか」
そういって隆志は図書館のカフェコーナーの方を指さした。返事を待たずに立ち上がると、隆志はゆっくりとカフェコーナーに向かって歩き始めた。
(心臓がバクバクして止まりそうだ)
眩暈でよろけそうになるのを耐えながら、隆志はゆっくりと歩みを進めた。美和子が後からついてくるのが気配で分かった。
(ざまあみろ新吉。おれはこれから美和子とふたりっきりで話すんだ)
水着のバイン目撃を自慢していた新吉のアホ面を思い出しながら、隆志は嬉しさで叫び出したい気持ちだった。

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