(とんでもないミスをした)
隆志は慌てていた。突然、美和子と連絡が取れなくなってしまったのだ。
思い返せば図書館で再会して以来、隆志は別れる前に、毎回、次に会う約束をとりつけていた。それは図書館から映画、花火大会と続き、美和子との、この夏のかけがえない思い出となった。それに浮かれていた隆志は、うっかり花火大会の日に、次の約束をしないまま美和子と別れてしまったのだ。
うろたえた隆志は高校時代のガラクタを入れてある段ボール箱をひっくり返したが、当然のことながら在校時には話をしたこともない美和子の住所や電話番号が分かるはずもなかった。学校は生徒の個人情報保護の観点から、クラスメイトといえど住所や電話番号は公にしていなかった。誰か女友達でもいれば、そこから聞き出してたぐるという手も使えるが、クラス3軍だった隆志に、そんな気の利いた女友達はいなかった。というかはっきり言えば、隆志は同じ高校に通っていた全女子の電話番号を知らず、つまり相手が誰であれ女子と連絡を取ることは不可能だったのだ。唯一、卒業間際に急造されたクラスLINEがあるにはあったが、そこを仕切ったのはクラス1軍の面々で、しかも美和子とはクラスが別なので繋がる望みは薄かった。というか4年前の死にかけているLINE上に、突然「山本美和子の連絡先教えて」と書き込んだら、それは全員に向かって「私は巨乳好きの変態です」と叫んでいるようなもので、みんなの笑いものになるのは明らかだった。
(こうなったら図書館でつかまえるしかない)
マズいことにすでに9月中旬になっていて、平日の図書館の昼間から徐々に学生の姿は消えつつあった。
(やばいよ。学校が始まったら、図書館なんか来ないよな)
焦った隆志は、翌日から図書館の開館から閉館までねばって、美和子を待ち続けた。しかし美和子は一向に現れなかった。
10月になり、いよいよ焦った隆志は、高校時代の3軍トリオに召集をかけた。それまでも時折、誰かの音頭で集まっていた隆志、カトー、新吉の3人組は、卒業してからも固い友情で結ばれていた。カトーは高校から推薦入学で二流の私大の経営学部に進んでいて、一方、「もう勉強はしない」と宣言した新吉は、早々と家業のすし屋を継ぐことを決めていた。そこに浪人した隆志を含めると、高校卒業直後はそれぞれがバラバラの環境になってしまい、しばらくは音信不通になったが、隆志が翌年大学に合格してからは、新吉もすし屋修行に少し余裕が出ており、もとより閑のカトーを加えて全員が集合するようになっていた。
(新吉とカトーなら、何か知っているかもしれない)
隆志は一縷の望みを彼らに託した。全員クラス3軍なので、学校のマドンナだった美和子の連絡先を知っているとは思えなかったが、隆志には勝算があった。実は3人の中で、一番レトロな風貌で女には縁がなさそうな新吉が、こともあろうか卒業間際に同じクラスの女の子から告白され、付き合うことになっていたのだ。
卒業前のある日の放課後、いつものファミレスに勇んでやってきた新吉が高らかに宣言した。
「おれは美和子会やめるぜ」
「なんだよ、いきなり。オマエ何言ってんだ?」
カトーが驚いて、新吉に真意を問いただした。
「あのね。オレ、女の子から告白されちゃったんだよね」
「えええ!」
隆志は腰が抜けるほど驚いた。
「誰に、誰に告白されたんだよ」
激詰めしたカトーに、新吉が余裕の表情で答えた。
「カツ子だよ、カツ子」
「えええええ」
意外な名前に隆志とカトーはのけぞった。
カツ子こと勝又容子は小柄なひょうきん少女で、クラスの女子のムードメーカー的存在だった。男女問わず気さくに話すため、男子の中にもカツ子と友達付き合いをする者が多かった。といってもクラスの男子の中で、カツ子を恋愛対象に見る者はなかった。見るからに爆笑アニメに出てくるような二頭身キャラで、ゲラゲラとよく笑い、びっくり箱から飛び出したような顔つきをしているカツ子に、恋愛感情を持つ者はいなかったのだ。そのひょうきんカツ子が新吉にコクったという、これは大ニュースだった。
「そんで、お前は付き合うことにしたの?」
「そうだよ。せっかく、好きって言ってくれたのに、それをふったら悪いじゃないか。それによく見ると、あいつ可愛いんだよなぁ」
カトーが腹を抱えて笑い、隆志もつられて笑い出した。無邪気に笑う二人を見下すように、新吉が急に真面目な顔になった。
「お前らガキは、本当に人生を知らないよな。オレはお前らと違って、高校出てからフラフラと無駄な時間を使わないんだ。とっとと寿司の修行をして、さっさと親父の店を継ぐ。そうなると次にやることは決まってるだろ」
「なんだよ」
「ぱっぱと嫁を貰って、どんどん子供を作るに決まってるじゃないか」
「えええ」
隆志は話の展開の急さに驚いた。
「そういう真面目な話を、君たちは女子としたことがあるのか?」
隆志とカトーはおしだまった。
「修行を頑張って店をついだら、お前と夫婦になって子供を沢山つくりたいんだ。そこまで考えてくれるかいって、オレはカツ子に聞いたんだよ」
「それで?」
「もちろんOKだよ。真っ赤な顔して、凄く喜んでた。その姿も見せてやりたかったよ、可愛いんだぜ。ちょっと涙ぐんでたしな…もちろん嬉し涙」
「それはまあ、よかったね」
隆志にはそれ以外の言葉が浮かんでこなかった。
「そこでだ。卒業式の日に、オレたちはラブホにいって、契ることになった」
「はぁ?」
「だからごめん。卒業パーティーは欠席だ」
といって新吉はいつものエビス顔になった。
「オマエさ、修行も始まってないのに、契るの早すぎねぇ?」
カトーが新吉のエビス顔に冷や水をぶっかけようと、突っ込んだ。しかし新吉は全く動じなかった。
「そこはいいんだよ、カトー君。若い二人は誘惑も多いだろ。だから早めに契って、一心同体になっておく。そうすれば二人とも安心ってもんだろ」
「それは早くやりたいという、お前の都合だろ」
そう追撃してみたものの、新吉の自信満々の態度に、隆志はちょっと羨ましくもあり、仲間を失うような寂しさも感じていた。
こうしてカツ子と付き合いだした新吉は、高校を卒業して4年目の今年の春に、カツ子と本当に結婚した。しかもその時、カツ子のお腹には新吉の子供もいたのだ。まさに新吉は有言実行の男であった。そんな新吉からカツ子のラインを辿れば、美和子の連絡先が分かるかもしれない。そこが隆志の狙い目だった。
その日、会場となったカラオケルームにいち早く着いた隆志は、二人を待ちわびていた。セット料金を使えば飲み放題でお酒も飲めるし、食事もとれるし、気が向いたら歌も歌えるカラオケルームは、隆志たちにぴったりの場所だった。ほどなく新吉とカトーが連れ立ってやってきた。
「おお、隆志。元気そうだな。ちょっと偉い大学に入ったから、お前、だんだん顔つきも賢そうになってきたな」
新吉が昔とかわらぬ物言いで、いきなりからかってきた。
「そういや隆志は、卒業してからずいぶん背も伸びたよな」
カトーが言う通り、晩熟だった隆志は高校三年あたりから少しずつ背が伸び始め、今やカトーと並ぶほどになっていたのだ。
「まあ、まあ、まあ、取り敢えず飲み物を決めようよ」
隆志は二人のつっかけを軽くいなしてオーダーを取ると、インターフォンで注文した。
そこから、くだらない会話が一気に破裂したが、実は隆志は心ここにあらずだった。
(美和子の件をどうやって切り出そうか?やっぱり図書館や映画や花火の事も、全部話した方がいいのかなぁ)
グズグズと決断がつかないうちに、そのきっかけが意外な方向から飛んできた。
「そういえば一昨日、渋谷を歩いていたら、山本をみかけたぜ」
カトーが突然、そう言った。
「山本って?」
新吉が無邪気に問い返した。
「山本と言えば美和子だろ。バインの山本美和子だよ」
「ああ、あのバイン、バインか」
何も知らない新吉が振り付け入りで応えながらおどけ、何か悟られたかと焦った隆志は心臓が止まりそうになった。
「それがそのバインがさ、宮下と手をつないでた」
「ええええ、宮下って、あの隣のクラスだった宮下か」
隆志が大声を上げた。
「そんなに驚くか?宮下はカッコよかったし、成績も抜群で、確か国立大にストレートでいったんじゃないの。まさにバインとお似合いじゃんか」
新吉の指摘に、隆志はいきなり絶望の淵に立たされた。
「しかも、しかもだよ。二人は並んで道玄坂をずんずん上がっていったんだ」
カトーが意味ありげにのたまった。
「つーことは、曲がれば丸山町のラブホ街か。ちくしょう宮下、バインを揉みまくりか。うらやましいなぁ」
そう言って悔しがる新吉をカトーがいなした。
「お前はカツ子がいるからいいだろ」
「それはそうだけど、元美和子会としては、やっぱり悔しいよ。なっ、隆志」
言われた隆志が突然、大声を上げた。
「そんなの嘘だ。大嘘の大間違いに決まってる!」
突然の大声にカトーと新吉があっけにとられた。
「山本があの女たらしの宮下なんかと、付き合うわけないじゃないか」
隆志は一気にまくしたてた。それを聞いた新吉が、子を諭す親のようなやさしい顔になって語りかけた。
「わかったよ、隆志。お前はまだ現役の美和子会なんだな。その気持ちはよーく分かった。でもそろそろ現実は受け入れないと、それはいつか犯罪につながっていくぞ」
「何が犯罪だよ。いい加減なことをいうな、バカヤロー。そもそもカトーが見間違えたかもしれないじゃないか」
「そうだな、おれが見間違えたかも。でもだったら隆志が確かめてきたらいい」
カトーがきっぱりと言った。
「何を確かめるんだよ」
「バインに会って、宮下と付き合ってるかどうか聞けばいいじゃんか」
カトーの指摘に隆志のテンションがマックスになった。
「オマエ、バカじゃないの。会うって、山本に会うってどこで会うんだよ。住所も電話番号も知らないよ。いい加減なこというな」
新吉がケラケラと笑い出した。
「隆志は相変わらずどんくさいな。バインの大学に行けばいいじゃんか。バインは確か文学部だろ。キャンパスに行って、探せばいい。バインは目立つから、すぐ見つかるよ」
(えええええ、そうか!その手があった!)
隆志には新吉がいきなり神様に見えた。その視線を受け止めた新吉はコクリとうなずいて、いつものエビス顔を見せてくれた。
その日の夜、隆志は悪夢にうなされた。渋谷の道玄坂を歩く隆志の前を、美和子と宮下が手を繋ぎながら歩いているのだ。背が高く足の長い宮下はスラリとジーンズを履きこなし、黒いポロシャツで決めていた。傍らの美和子はひざ丈のフワリとした黄色いスカートに、白い木綿のシャツを合わせていた。まるで宮下と歩くのを喜んでいるかのように、美和子はお尻を左右にフリフリして歩いていく。二人とすれ違う人々はみな、美形のカップルに視線を奪われていた。悔しいけど、宮下と美和子はどこから見てもお似合いのカップルだった。
やがて二人は道を左に曲がると、路地に入り、道沿いのラブホテルの中へと消えていった。
(嘘だ、嘘だ。これは絶対に嘘だ)
隆志は叫びまくった。
ラブホテルの一室で、美和子はダブルベッドの上に仰向けに身を投げ出している。宮下に呑まされた日本酒が利いていて、美和子はスヤスヤと眠っていた。
「他愛もないな」
美和子の寝姿を見下ろした宮下が、そうつぶやいた。
「さてと。まず目を覚ましても逃げられないように、下から素っ裸に剥いていくか」
宮下はそういうと美和子の腰に手を回し、背中側にあるスカートのジッパーをさぐりあて、それを下した。
(おい、宮下。ふざけるなよ。やめろよ、やめろよ)
隆志は目いっぱい叫んだが、二人には聞こえなかった。
宮下がスルスルと美和子のスカートをずり下げた。黒いストッキングに覆われた、美和子の美脚があらわになった。ストッキングの上からは、むっちりとした太腿に食い込んでいる白くて小さめのビキニのパンティが透けて見えた。すかさず宮下は両手をウエストにあてがい、パンストのヘリに指をかけると、一気に剥き上げてしまった。美和子は下半身を剥かれ、白いビキニのパンティ丸出しの姿にされてしまった。
「ふふふ、こいつ、可愛いなぁ。パンツ丸出しで、すやすや寝てるよ」
にやけた宮下は美和子のパンティに顔を近づけると、こんもりと盛り上がっている三角地帯にキスをした。
(やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ)
隆志は気が狂いそうだった。しかし宮下は容赦なかった。今度は美和子の上半身にとりついて、白い木綿のブラウスのボタンを外していった。そしてすべてのボタンを外すと、勢いよくブラウスを左右に開いた。そこにはパンティとお揃いの白いブラジャーが丸見えになった。きつめのブラがかっちりとオッパイを支えているので、横になっていても美和子の大きなオッパイは全く型崩れしていなかった。それどころか、ブラがオッパイを左右から寄せ上げていて、深い谷間を作っているのだった。
「これは思った以上だな」
宮下はそうつぶやくと、美和子の胸元に近づき、カップからこぼれんばかりに盛り上がっているオッパイの上乳をペロペロと舐め始めた。
「はぁぁぁぁ」
美和子が糸を引くように息を漏らした。
「こいつ、感度も抜群だな」
宮下はさらにブラジャーのカップのヘリまで念入りに舌を運んで、音を立てて上乳を舐め続けた。たったそれだけの刺激で、美和子は早くも感じ始め、パンティの股を覆っている部分に、かすかな染みが広がってきた。
「ふざけるなっ!」
自分の大声で目が覚めた隆志は、はぁはぁと肩で息をした。
(ダメだ。ほっとけない。今日、美和子の大学へ行こう)
ベッドから起き上がると、一刻も早く美和子本人に確かめようと、隆志は決意した。