8.囚われの真弓

囚われの真弓

秋風が吹きだす頃、真弓の監禁生活も4ケ月が過ぎようとしていた。
道也にさらわれてペントハウスのこの部屋に監禁されて以来、真弓は全くといっていいほど喜怒哀楽を表さないようになった。だからといってあからさまに道也に逆らうこともなく、道也の思うままに、その欲望の相手をし続けていたのだ。
道也は、トイレ以外は食事の時も、お風呂も、そして寝る時も真弓を片時も離さず、常にまとわりついてくる。そして胸やお尻を飽きることなく揉み上げ、太腿や下腹を撫でまわすのだ。さらに隙あれば、体中いたるところに舌を這わせ舐め上げるのだった。そうした真弓の体への異常な執着に、真弓は嫌がるでもなく、まるで人形のように、道也のしたいようにさせるのだった。聞かれたことに数少ない言葉で答える以外、真弓は沈黙を守っていて、何をされてもいやがりの言葉を口にせず、そしてもちろん笑うことは決してなかった。そんな真弓が唯一感情を表すのは、粘着質の道也のしつこい愛撫によって女の本性を暴かれる時だけだった。その快感の境地に無理やり追い上げられると、真弓は全身を震わせて、よがり声をあげる。本当はどんなことをされても全て無視しようと心に決めていたのだが、道也の指や舌によるしつっこい愛撫で、心の扉を強引に破られて、ついには我を忘れて悶えてしまうというのが真相だった。
「今日から走りに行くぞ」
その日の早朝、道也はランニングウェアに着替えると、真弓をベッドから追い立てた。もともとランニングや水泳といった個人競技が好きな道也は、真弓を監禁するまでは毎朝、走っていたのだった。真弓は道也に促されて、ベッドから起き上がった。監禁されて以来、真弓は、眠る時はいつも全裸にされていた。体を隠す気力もなく、真弓は立ち上がると、のろのろと着替え始めるのだった。
真弓のウェアは、道也がすでにネットショップで買いそろえてあった。まずストレッチ素材のショッキングピンクのビキニパンティを身につけると、その上から黒に白のサイドラインが入ったレギンスを履いた。そしてレギンスとセットになっているスポーツブラを身につけるのだった。
「走っている間にオッパイが揺れると気になるし、オッパイが型崩れするからな。そうならないように、少し小さめのサイズを買ったんだ」
道也は嬉しそうに説明すると、真弓がつけたスポーツブラの中に手を入れて、乳房のおさまりを整えるのだった。
「セクシーでいい感じだな」
姿見の中の真弓は、ぴちぴちのレギンスに包まれた美脚に、スポーツブラから半球形の乳房をはみ出させている。あまりの恥ずかしさに、顔が火照った。
「さすがにエロ過ぎるな」
そう言って道也が手渡した黒の長袖のストレッチ・シャツを慌てて着こむと、真弓は鏡に背を向けるのであった。鏡の中には真弓の後姿が映り込んだ。ぷりぷりとしたお尻が、その形をあらわにしていて、男をそそってくる。道也は、にやりと笑った。
ビルを出た二人は緑地公園を目指して走った。そして公園につくと、公園の周りを回るランニングコースに入っていった。
「ちょっとトイレに行ってくる」
コースの半分あたりで、道也は公衆トイレの中に消えていった。真弓はトイレの入り口の脇で、足踏みをしながら待っていた。
その時、朝が帰りと思しき二人の男が近づいてきた。
「お姉ちゃんなにやってるの」
真弓が無視していると、男の一人がぐいっと顔を近づけてきた。
「気取ってないで、返事してくれよ」
男の息が酒臭かった。真弓は顔をそむけた。
「おい、こいついいオッパイしてそうだぞ」
もう一人の男が、やにわに真弓の胸に手を伸ばしてきた。
「なにすんだ、この野郎」
真弓が手を払うと、男は急に怒り出し、真弓の手をつかんだ。
「やめてください」
そう叫んだ瞬間に、道也が戻ってきた。
「なんだ、彼氏持ちかよ」
手を離した男がいった。
「でもお前みたいなへなちょこには、もったいないくらいのいい女だよな」
もう一人の男がそういうと、いきなりストレートをはなってきた。拳が道也の前歯のあたりをとらえ、血が流れた。すかさず男がフックをはなってきた。
「ぐえっ」
男の拳が道也の頬をとらえる前に、道也の前蹴りが男の股間をとらえた。男は股間を抑えて崩れ落ちた。
「やろう、ぶっ殺す」
もう一人の男が道也に殴りかかってきた。その闇雲な動きをバックステップでかわすと、道也は右フックをたたき込んだ。男は一発で沈んだ。
「おい、逃げるぞ」
あっけにとられている真弓の手をつかむと、道也は走り出した。二人は後ろを振り向かず、全力で部屋まで駆け戻った。
部屋で落ち着いてみてみると、道也の唇は切れ、血を滴らせていた。
「だいじょうぶ?」
心配そうな表情で、真弓が言った。
「血が止まらないよ」
道也がそういうと、真弓がティッシュをとって、傷にあてようとした。
「そんなのやだよ。見てただろ。これは真弓を守ろうとしてしてやられた傷なんだ」
真弓がこっくりとうなずいた。
「ごめんね」
「だったらお母さん犬が子犬をあやすように、やさしくしてくれよ」
真弓は道也に言われたとおりにベッドの端にこしかけた。道也は真弓の膝の上に頭を載せる形で、ベッドの端に横たわった。
「優しく舐めて。お母さん犬みたいに、血が止まるまでぺろぺろ舐めてくれよ」
真弓は膝の上から自分を見上げている道也の顔に、顔をゆっくりと近づけると、傷の上を唇で覆った。そして舌を使って、やさしく舐め始めた。真弓の口の中に、血の鉄臭い味が広がった。それを飲み下しながら、真弓は舐め続けた。真弓の髪の毛が覆いかぶさり、二人だけの空間が生まれた。鼻と鼻が触れ合いそうな距離に、ぴちゃぴちゃと真弓が舐める音が聞こえた。大きく息を吸い込むと、道也の中に真弓の匂いが広がった。
「もう止まったみたい」
真弓が顔を上げた。
「もっと甘えさせてくれよ」
「どうすればいいの」
「真弓のオッパイが吸いたい」
「ええっ!」
真弓がとまどった。
「いいじゃないか。真弓のために頑張ったんだから、オッパイを吸わせてくれよ」
しかたなく真弓がシャツを脱いだ。スポーツブラを外すと、真っ白な乳房があらわになった。ピンク色にひかる頂きに、赤ん坊の小指の先ほどの乳首が顔を覗かせており、それはすでにコリっと立っていた。
「手で支えて、左右を交互に吸わせてよ」
真弓は片方の乳房を手でえると、道也が吸いやすいように体を折り曲げた。そして道也の唇に、やさしく乳首を含ませた。目をつぶった道也は、ちゅうちゅうと音を立てて真弓の乳首を吸った。右、左、右と、道也は何度も何度も乳首を吸い続けた。
「真弓も気持ちよくなってきた?」
ようやく乳首から離れた道也が言ってきた。
「…」
「ねぇ、オッパイ吸われてもなんとも思わないの」
「…そんなこと、ない」
「じゃあ、どんな気持ちかいってみてよ」
「い、いい気持ち」
真弓が囁くように言った。
「声が小さくて聞えないよ。オッパイ吸われたらどういう気持ちかちゃんと言って」
「オッパイ吸われたら…、いい気持ちです」
「じゃあ、真弓はこれからどうしたいの?」
道也が後を続けて小声で命じた言葉を、真弓は、はっきりと口にした。
「お願い、真弓と早くエッチして」

年の瀬が近づいてきたころ、道也の夢がかなった。真弓が妊娠したのだ。
「早速、真弓のご両親にも報告に行かないとね」
監禁されて以来、道也の命令で、真弓は妹とは連絡を取り続けていた。妹には二日に一度の頻度で電話をかけ「そのうち帰るから、心配しないで待っていて」と告げていた。最初は戸惑っていた妹も、しだいに姉の言葉を信じるようになって、結果として両親にも嘘をつき、辻褄を合わせてくれていたのだ。
「ご両親に報告に行く前に、ちゃんと病院で検査しよう」
こうして二人は産婦人科を訪れた。そして真弓の妊娠が確定し、道也は狂喜乱舞した。
「もう真弓はどこへも行けないよ。おれの子供がお腹の中にいるんだ。おれの分身が、真弓の中に入っているんだ。もう真弓を一生離さないよ」
道也は妊娠の事実に、異様に興奮していた。
「帰りに二人で祝杯をあげようよ」
帰り道に寄ったフレンチ・レストランで、道也はシャンパンのボトルを頼んだ。
「真弓は、アルコールは駄目だから、オレンジジュースで乾杯だね」
そういうと道也は自分のグラスにシャンパンを注ぎ、真弓のオレンジジュースとグラスを合わせ、一気に飲み干した。酔うほどに興奮が増してきて、とうとう道也は一人でシャンパンを2本もあけた。
平日の3時過ぎということもあって、地下鉄の駅は閑散としていた。レストランから真弓と手をつないできた道也は、この上なくご機嫌だった。そして駅のホームで、真弓を笑わせようとおどけるのだった。道也はホームから落ちそうになるほど体をそらせると、ギリギリのバランスで踏ん張って、変顔を作って真弓をのぞき込む。それを何度も繰り返すうちに、とうとう呆れた真弓がうっすらと笑みを浮かべた。道也は嬉しくなって、さらに両手をバタつかせながら、ホームのヘリでバランスを取り続けた。
ホームに電車が近づくアナウスが鳴り響いた。しかし道也はおどけの動作をやめようとはしなかった。その時、真弓が静かに道也に近づいた…。足を滑らせた道也は、入ってきた電車に激突した。即死だった。
翌年の夏は、記録的な暑さとなった。その夏の日の夕暮れ時に、真弓は子どもを産んだ。道也にそっくりな男の子だった。(終)

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