11.新しい下着

隷属の沙希子

その年は夏が短く、九月は過ごしやすい日々が続いた。
ある朝、出勤前に沙希子が着替えているのをタモツがしげしげと眺めていた。寝る時は裸と決められていたので、沙希子は毎朝ベッドから裸で出ると、慌てて下着をつけるのだった。タモツは会社に行く時だけは、沙希子が今までつけていた普通の下着をつけることを許していた。
普通ならばタモツも起きて、さっさと服を着ると朝ごはんの準備のために寝室を出て行くのだが、今朝はなぜかベッドに寝そべったまま、沙希子の着替えを観察していた。沙希子は毎日のこととはいえ、未だに裸を見られるのが異常に恥ずかしかった。そしてそれ以上に恥ずかしいのが下着をつけたり、外したりしている姿を見られることだった。お風呂に入る時は、もじもじせずにタモツが服を脱いでいるのに合わせて一気に脱いでしまう方が耐えられることを、沙希子は経験で覚えた。しかし風呂から上がって、いやらしい下着をタモツに着せられる時は、本当に死にたいほど恥ずかしかったのだ。
沙希子はタモツに背を向けると、視線を感じながら手早く下着をつけ、スカートを履いた。
「ちょっと見せてみろ」
いつの間にかタモツが沙希子の後ろに立っていた。タモツは沙希子の手をひねると、正面を向かせた。ブラのカップの上に、はちきれそうな乳房が盛り上がっていた。
「お前、ブラジャーが小さいんじゃないか」
タモツに言われて沙希子は真っ赤になった。確かに最近ブラが異様にきつくなったし、それにつれてお尻も大きくなったような気がしていたのだ。タモツがやって来る前までは、そんなことはなかった。タモツが沙希子の身体を変えたのは間違いなかった。
「今日、会社が終わったら駅ビルで待ち合わせしよう。新しい下着を買ってやる」
「いいです。自分で買います」
沙希子は慌てて断った。
「六時に集合だ。遅れるなよ」
そういうとタモツは寝室から出て行った。

夕方、待ち合わせの場所に行くまで、沙希子は一日中憂鬱だった。きっと歩きながらいやらしいことをするんだろう。そして、毎日部屋で無理やりつけさせられている、いやらしい下着を売る変な店に連れて行かれるんだろう。沙希子はその不安で頭が一杯だった。
しかし実際には手こそつながれたが、タモツは歩きながらいやらしいことをしかけてこなかった。しかも連れて行かれたのは、目抜き通りにある高級ランジェリーを扱う店だった。
店に入ると上品そうな女性店員が出てきて、沙希子はフィッティング・ルームに連れて行かれた。沙希子がおずおずとブラウスを脱ぐと、店員が驚いた。
「お客様、これはいけません。お胸の線も崩れますし、お身体にも毒ですよ」
沙希子はブラジャーを外して採寸してもらった。沙希子の胸はCカップからEカップに成長していた。
バストに続いてウエスト回り、ヒップ回りなどの細かい採寸が終わると、店員はうやうやしく売場のフロアに戻っていった。
服を着終わった沙希子が遅れて売場に戻ると、すでにタモツが店員に数種類の下着をショーケースの上に広げさせていた。
「デザインはオレが選んでやる」
沙希子は顔が火照るのを感じながら、うつむいた。
(言い出したらきかないだろう。ここでモメるともっと恥ずかしいことになる)
沙希子は黙って、ショーケースの脇にある椅子に腰かけた。
生地が薄く透けているものや派手なレースがついているもの、あるいは極端に切れ込みが深いものやサイドが紐のものなど、店員は様々なバリエーションをタモツに見せた。しかしタモツは意外にも、オーソドックスでシンプルなデザインを選んだ。パンティこそ沙希子が普通つけているものより股上が浅いビキニ・タイプだったが、常識の範囲のものだった。ただし色だけは、白、赤、青、ピンクそして黒と、白い下着しか持っていない沙希子には厳しい要求をつきつけた。再びフィッティング・ルームでタモツが選んだ下着を試着する時、沙希子はドキドキした。タモツがついてくるような気がしたからだ。しかしタモツは大人しく売場で待っており、のぞきに来ることはなかった。
大量の下着を買ったあと、二人は初めて外食した。
「ここの料理人、あんまり上手くないな」
確かにオシャレなレストランだったが、料理の味は良くなかった。
「オレの方が全然上手い」
そう言いながらも、タモツは料理を残さず平らげ、食べきれない沙希子の分まで平気な顔で食べ尽くした。そこだけ見られるとまるで仲のいい恋人同士みたいでいやなのだが、なぜか沙希子は自分の顔が赤くなるのを感じた。

部屋に戻ると、沙希子はすぐに風呂場に連れ込まれた。いつものように洗面所で裸になると、タモツが無理やり手を引いて、沙希子を洗面台の大きな鏡の前に立たせた。
「やっぱり大きくなってたな」
タモツは沙希子の背中にぴったりくっつき、脇の下から手をまわすと、鏡の前で沙希子の乳房を揉み上げた。沙希子は人形になりきろうと固く目をつぶった。
「Eカップになると、揉みごたえも違うね」
案の定、タモツは店員から沙希子のサイズを聞き出していた。沙希子は泣きたかった。
「ほら、見てみろよ」
タモツはしつこく揉みながら、沙希子に見ることを強要した。しかたなく目を開けると、タモツが両方の乳房を根元から絞り上げた。鋭い痛みときゅんとなる感覚で、沙希子は顔をしかめた。鏡の中で乳首が立っているのが、自分でも分かった。
ようやく乳房から手を離したタモツは、今度はお尻をなで回してきた。
「ここも一回り大きくなったんじゃないか」
「そ、そんなことありません」
タモツがしきりにからかったが、沙希子の耳には入らなかった。それよりいつタモツがお尻を叩きだすか、沙希子は心配でたまらなかったのだ。
「沙希子はもうひとつ大きくなったところがあるのを知ってるか?」
タモツの問いかけを沙希子は無視した。なぜなら沙希子は答えを知っているからだ。
突然、タモツが両足をすくうと、子供におしっこをさせるように沙希子を抱え上げた。
「いや、やめて」
鏡の中に沙希子の大股開きがうつり込んだ。沙希子は慌てて股間を手で隠し、目をつぶった。しかし、沙希子は一瞬のうちに大きく広げられた自分の花びらを見てしまった。それはすでに湿り気を帯び、てらてらと光っていた。タモツの言う大きくなったというその部分も、すでに充血してぷっくりと顔をのぞかせていた。タモツに毎日いじられることで、そこは以前より確実に大きくなっており、少しの刺激ですぐに顔を出すほど育ったことを、沙希子はその目ではっきりと確認させられたのだった。
その日、風呂場で沙希子は大泣きした。いくら心を閉じて人形になろうとしても無理だった。泣いても、泣いても涙が止まらなかった。
(とうとう変な身体にされた)
沙希子は心が折れそうだった。

翌朝、朝食を黙って食べている沙希子に、タモツがからかうように話しかけてきた。
「新しい下着の着け心地はどう?」
「まだ着けていません」
沙希子は店にあった下着をそのまま身に着けるのはいやだった。誰が触ったかも分からないものを、素肌の秘密の部分に着ける気にはなれないのだ。
「わかった。今日オレが洗濯しといてやる」
沙希子は黙って食事を済ますと、会社に出かけて行った。

沙希子が会社から戻ると、タモツはすぐに沙希子を寝室に連れていった。ベッドの上には新しい下着が丁寧に畳まれていた。
「ほら、全部洗ったから早くしまえよ」
沙希子は一刻も早く、下着を隠してしまいたかったが、しまう場所を思いつかなかった。
ふと見ると、タモツがクローゼットの中の引き出しを勝手に開けて、中に入っている今までの下着をどんどん床に落としていた。
「やめてください」
沙希子は慌てて駆け寄るとタモツの腕をおさえた。
「もういらないだろ。そのために昨日一杯買ったんだから」
タモツは沙希子の手を振りほどくと、引き出しの中を空っぽにしてしまった。
「わかりました。私がやるから触らないで下さい」
沙希子は床にまかれた下着を素早く集めると、ベッドの下におしやった。
「ちゃんとやっとけよ。古いのは、明日まとめて捨てといてやる」
そう言い残すとタモツは寝室から出て行った。
(どうすればいいんだろう)
沙希子は途方に暮れた。どこかに隠しても、タモツは沙希子の留守中に絶対見つけるだろう。かといって、これだけ大量の下着を一度に捨てる方法が思い浮かばなかった。ゴミ置き場で誰かにみられたらと思うと、沙希子は恥ずかしさで顔が真っ赤になってくるのだった。
(切り刻んで、少しずつ捨てよう。でも、それまでどこに隠せばいいんだろう)
タモツに見られたり、触られたりしない場所を沙希子は必死に探した。そしてクローゼットの奥から、スーツケースを引きだすと、そこに押し込めた。
「売りに行くみたいだな」
スーツケース一杯に古い下着を詰めている沙希子を、のぞきに来たタモツが笑った。
「私が少しずつ棄てますから、絶対に見ないでください」
沙希子はスーツケースを閉めると、ダイヤルを回し、鍵をかけた。
空いた引き出しに新しい下着を収納すると、沙希子はスーツケースをクローゼットの中に引き入れた。
(絶対に見られたくない。もしいじられたら気が狂ってしまう)
沙希子は一計を案じた。スーツケースの上に、小さく切った紙を分からないように置いたのだ。
(少なくともスーツケースを触ったかどうかだけは、この紙が動いたかどうかを見ればわかる)
沙希子は、クローゼットの扉をそっと閉じた。

翌日、沙希子は下着のことが気になって、会社から慌てて帰って来た。急いで寝室に駆け込み、クローゼットを開けた。スーツケースの上の紙は動いてなかった。安心した沙希子がリビングに行くと、タモツがベランダで大きな物音を立てていた。
「いいものを買ってきた」
タモツは沙希子を見ると、足元から四角い一斗缶を持ち上げて見せた。
「これを使って、河原で下着を燃やせばいい」
タモツはベランダで一斗缶に空気穴を開けていたのだった。
「燃やしたりしたら警察が来ます」
「大丈夫だ。オレに任せておけって」
タモツが自信ありげにそう言った。

いつものように風呂から上がると、沙希子はいやらしい下着ではなく、タモツが買った新しいブラとパンティを着けさせられた。しかも普通の黒いTシャツとグレーのスウェット・パンツを着させられたのだった。
食事が終わるとタモツが立ち上がった。
「今から燃やしにいくぞ。これも着ておけ」
タモツが薄手のウインドブレーカーを手渡した。沙希子に懐中電灯を持たせると、タモツは一斗缶とスーツケースを軽々と持って玄関を出て行った。
(部屋ではいやらしい格好をさせるのに、外に出る時は着替えろという。ウインドブレーカーまで着させるということは、シャツの上から私の下着が透けるのが気になるの?)
人一倍、下着の線を隠してきた沙希子は、そんなところに気が回ってしまう。
(ひょっとして、それは焼きもち?)
そこまで思いついて、沙希子はタモツが心の中に入ってきそうな気がして恐くなった。慌てて思いつきを打ち消し、タモツの後に従った。

外に出てみるとすでに秋風が立ち、半袖では肌寒いくらいだった。沙希子はウインドブレーカーをくれたタモツの心遣いに、ちょっと感謝した。
夜の河原は真っ暗で恐ろしかった。マンション側の歩道にはレストランやブティックもあって明るいのだが、反対の川側の歩道は暗く、その下に真っ暗な雑木林が広がっていた。沙希子はここへ引っ越してきてから、昼間でも恐いので川側の歩道は歩かなかった。
道路を渡ると、沙希子の懐中電灯に照らされて、二人は歩道から真っ暗な河原に向って階段を下りて行った。タモツはまるで暗闇でも目が見えるかのように、ずんずん早足で歩いて行く。沙希子は置いて行かれないように、懸命に後に続いた。
雑木林の藪の中を抜けて広い河原を横切り、ようやく水辺に辿り着いた。夜の川は水音が大きく、恐ろしかった。
タモツはスーツケースを置くと、一斗缶を河原の石で固定した。
「ほら始めるぞ」
沙希子はスーツケースの鍵を開けると、下着をひとつかみして、隠すように一斗缶の中に押し込んだ。
「ちょっとどいてろ」
タモツはポケットからライター・オイルをとりだし、一斗缶の中に振りまいた。火をつけると、下着が一気に燃え上がった。
タモツの指示に従って、沙希子は炎の中に次々に下着を投げ込んでいった。
(誰かに見つかったらどうしよう)
炎を見つめながら沙希子は気が気ではなかった。その予感通り、向こうから二人組の男たちが近づいてきた。沙希子たちの五メートルほど手前まで近づくと、そのうちの一人が馴れ馴れしく声をかけてきた。
「焚き火だ。仲間にまぜてくれよ。いいだろ」
「おい、女もいるぞ」
もう一人が沙希子の顔を見て、いやらしく笑った。
(来ないで)
沙希子は燃えかけの下着を見られるのではないかと、パニック寸前になった。
その時タモツが吠えた。
「ガキの遊びじゃないんだ。それ以上近づくとぶっ殺すぞ」
その迫力に二人組がたじろいだ。
「見逃してやるから、早く消えろ」
炎に照らされたタモツは細い目を爛々と光らせ、まるで鬼のような形相だった。沙希子が一度もみたことがない恐ろしい表情だ。
「スミマセン」
二人組はあっさりあやまると、小走りに逃げて行った。
「仲間を連れて仕返しにくるよ」
沙希子は恐くて震えが止まらなかった。
「大丈夫だよ」
いつもの表情に変わったタモツが笑い出した。
「オレは本当に凶暴な奴の目を、いやというほど見て育ったんだ。あいつらは違う、ただの子供だよ。あんなのがいくら来たって大丈夫だから心配するな」
タモツの自信にあふれた言葉で、沙希子は落ち着きを取り戻した。とはいえ沙希子は早く作業を終えたくて、下着をどんどん投げ込んだ。入れ過ぎて途中で火が消えそうになり、タモツに叱られる始末だった。
ようやく全てを燃やし終わると、タモツは木切れを使って、燃え残りがないかどうかを細かく調べた後、缶を蹴り倒すと灰をそこいらへんに蹴り散らかした。そして熱くなっている一斗缶を、タオルを巻いた手でつかみ上げて、川の中へ投げ込んだ。
「そんなことして大丈夫?」
沙希子はびっくりして、タモツを質した。
「金属は錆びるし、灰は炭素だからどってことない。自然に帰るよ」
タモツはこともなげに言い放った。その言葉に沙希子は思わずうなずいた。
「さあ、帰ろう」
タモツがスーツケースを持って、歩道に向って歩き出した。沙希子はタモツが歩いていくのを確かめると、ポケットから取り出したものを川に投げ込んだ。それは以前にタモツに持たされた張り型だった。本当は隙をついて一緒に燃やしてしまおうと思っていたのだが、火に入れるタイミングがなかったのだ。
(誰かに拾われるかもしれない)
そんな思いが一瞬沙希子の心をよぎった。
(どうでもいいや)
沙希子は慌てて、タモツの後を追いかけた。
帰る途中の藪の中で、沙希子は転びそうになって、思わずタモツの手にすがった。
「大丈夫か」
そう言うと、タモツは沙希子の手をしっかり握った。暗闇の中で、タモツの大きな手が頼もしかった。
ようやくマンションに辿り着き、エレベーターに乗り込むと、タモツがくすっと笑った。
「なに?」
「どうせ燃やすんなら、沙希子の履きふるしたパンツ、ひとつ盗んどくんだった」
沙希子はみるみる赤くなった。
「サイテー」
河原から知らずに握り続けていたタモツの手を振りほどいて、沙希子はプイと横を向いた。
「冗談だよ」
タモツのクスクス笑う声が、エレベーターの中に温かく響いた。
タモツが沙希子の部屋に住み着いてから三カ月がたっていた。

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