2.ポニーテール デビュー

しず子の純情

春の桜吹雪の中、憧れだったポニーテールに髪を結いあげたしず子は、期待に胸を膨らませて高校の門をくぐった。
高校生になると世界が広がった。まず、いろいろな町の中学校から生徒が集まってくるので、顔ぶれが新鮮になる。例えば山沿いにある隣町は、海沿いにあるしず子の町よりも都会だったので、会社勤めをしている両親を持つ子供も多かった。そういった育ちの違いが、お互いに新鮮な情報をもたらし合った。
しず子の高校では女子生徒が、大きく三つのグループに分かれていた。まず、数少ない不良組は髪を茶色に染め、不良高校生や高校を中退している年上の男どもとつきあっていた。高校生といえども男女交際の密度は濃く、妊娠や卒業と同時に結婚する話も珍しいことではなかった。そのグループは、隣町の飲み屋街の一角にあるカフェにたむろしており、学校にはあまり来なかった。
それとは別に不良ではないがきゃぴきゃぴと目立つグループがあって、こちらはしず子の町にある喫茶店を根城にしていた。そこには各々が好きなアイドルの情報を持ち寄ったり、アイドルのコンサートに一緒に出かけたりすることを生きがいにする女子たちが集まっていた。集まる男子たちも数は少なかったが、いずれもへたくそなバンドをやっていた。
そして三つ目のグループは、これが大多数なのだが、クラブ活動や進学塾にエネルギーを使う者たちだった。
しず子はもちろんきゃぴきゃぴのグループで、高校に入るとすぐにその溜まり場にデビューした。
学校でよくあるイジメには、しず子は無縁だった。まず、小学校の頃にしず子の強さを刷り込まれている同級生は、女も男も絶対に逆らってこなかった。他の町から来た連中も、入学早々、しず子の体格の良さと態度のデカさに圧倒された。さらに不良の現役を引退し漁師になったとはいえ、中学三年で高校生を締めたという伝説の番長である兄マモルの威光で、上級生の不良グループたちさえもしず子に手を出してこなかった。だが、当の本人は兄の威光をひけらかすこともなく、毎日ケラケラと笑って屈託なく過ごしていた。
高校1年の夏休み前のことだった。しず子のクラスには授業中に笑いをとるのが上手い、マンザイというあだ名で呼ばれる少年がいた。小柄ですばしっこく、ひょうきんなマンザイは、先生も怒るのを忘れて思わず笑ってしまうようなことを思いついては、クラスを爆笑の渦に巻き込んでいた。ところがそのマンザイがある時、意表をついてしず子に挑んできたのだ。
放課後、廊下を歩いていたしず子は、正面から小走りにやってきたマンザイに胸をいきなりつかまれた。それはどんぴしゃりのタイミングだった。マイザイはまんまとしず子の右の乳房を、制服の上から鷲づかみにしたのだった。
「この野郎」
黙って泣き寝入りするしず子ではなかった。しず子はスカートをひるがえしてマンザイを追いかけると、廊下の突き当たりに追い詰め、グーで殴った。しず子の鉄拳がマンザイの鼻に見事にヒットし、マンザイは鼻血を出した。だが鼻血を出しながら、大げさに土下座して謝るマンザイの姿が可笑しくて、しず子は思わず笑ってしまい、それで許してやることにした。
「二度とやるなよな」
「はい、わかりました」
こうして殴られるというリスクを負って、マンザイは貴重な情報を男子にもたらした。
「草壁は本当に喧嘩も強いけど、オッパイもものすごくデカい」
この噂はあっという間に全校の男子に知れ渡った。
夏休み最初の日、しず子に悲しい出来事が起こった。大好きな婆ちゃんが突然亡くなったのだ。
離れに一人で寝起きしていた婆ちゃんが、朝、起きてこないので母が見に行くと、布団の中で眠るように死んでいたのだ。共稼ぎの草壁家で、子供の面倒を見てきたのは婆ちゃんだった。しず子は物心がついてから、初めて人前で泣いた。
しず子が悲しみにくれる中、婆ちゃんのお葬式が終わり一段落すると、父親が突然宣言した。
「今日からしず子は離れで寝ろ」
成長が早く、日々年頃の娘の体になっていくしず子を、男兄弟から隔離するというのが両親の考えだった。
こうして離れに住むことになったしず子は、快適なプチひとり暮らしを手に入れた。大好きだった婆ちゃんの部屋は八畳ほどの広さに、流しとコンロがついていた。つまりコーヒーを入れたり、インスタント・ラーメンを作ったりなど、簡単な煮炊きはそこでできるのだ。さらにテレビと小型の冷蔵庫、トイレとお湯の出るシャワー室もあった。
離れに自分のベッドと机を運び込んだしず子は有頂天だった。早速、壁や天井にアイドルのポスターを張り、流行りのポップスを鳴らしては歌の練習に励んだ。周りを気にせず歌えることで、しず子はもうアイドルになったような気がしていた。
(学校が始まったら、みんなをこの部屋に呼んで驚かせてやろう)
しず子は夏休み中に、部屋を自分色に模様替えすることに決めた。

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