3.初めてのハイレグ水着

しず子の純情

高校生にとって夏休みは冒険の季節だ。この機会に東京に出かけるものも多かった。渋谷や原宿に出かけ、何をするでもなく、テレビや雑誌でしか知らなかったその街の空気を吸ってくるだけでも、それは冒険だった。そんな中で高校に入ったとはいえ、まだ一年生のしず子たちは溜まり場に集まるくらいが精一杯だった。
「ねえ、泳ぎにいこうよ」
上級生がいない溜まり場で、同じ一年生の玲子が突然言い出した。
海辺の町で生まれ育ってきたしず子たちが海で遊ぶのは、小学校の中学年までだった。高学年になると、体育の遠泳大会で無理やり泳がされる以外には、みんな行かなくなるのが習わしだった。特に女子ほど年頃になると海から遠ざかっていった。海があまりに近所なので、大人になってきた身体で水着姿になるのが恥ずかしいというのが、彼女たちの本音だった。
「アイドルは水着が命だからね。今から練習しとこうよ」
地元の海で水着になるのは恥ずかしいものの、玲子のいうのももっともだった。
「でも、学校の水着はいやだな」
しず子たちが持っているスクール水着は、全員胸に名前が縫い付けてあるのだ。
「だからさ、新しいのを買うの」
「えー、ビキニとか着ちゃうわけ」
「当たり前よ。もうガキじゃないんだから」
「いいかも、面白いかも」
結局、しず子たちは連れだって水着を買いに行くことになった。
駅ビルの中にあるショッピング・モールで、友達とカラフルな色に溢れた水着に囲まれたしず子はドキドキしていた。
(試着をのぞかれたらまずい)
デザインや色やサイズをあれこれ選んでいる友達をしり目に、例のツルツル問題を密かに抱えているしず子はいまひとつ気分が乗らなかった。そんなしず子に、いきなり女店員が話しかけてきた。
「これあなたにぴったりだと思うんだけどな」
びっくりしたしず子が振り返ると、女店員は黒い水着をひろげてみせた。
「サイズがこれしかないから70%オフなの。でもあなたみたいに背が高くて胸がある人じゃないと合わないのよ。どう、着てみない?」
手に取って見ると、シンプルなデザインながら背中が大きく空いているワンピースだった。
「あなたのスタイルなら絶対着こなせると思うな。日本人離れしているから」
女店員の特上のおだてに、しず子はそれを着た自分を想像し、うっとりとしてしまった。しかも七割引きというのが魅力だった。
「これ買います」
みんなが驚く中、しず子は試着もせずに決めてしまった。
帰り道で玲子が耳元で囁いた。
「しず子のやつは、かなりハイレグだから、ちゃんと剃った方がいいよ」
「そ、そうだね」
しず子は笑ってごまかした。
次の日の浜辺はしず子にとって忘れられないものになった。結局、口には出したもののビキニの水着を着る勇気のある娘は一人もなく、友達たちは少し切れ上がった花柄のワンピースでお茶を濁すのがせいぜいだった。その中でしず子は目立ちまくっていた。
しず子の黒い水着は、太腿の付け根から腰骨までぎりぎりに切れ上がっており、それがもともと長く恰好のいい足をより際立たせた。背中の大きなカットが、シミ一つないしず子の白い肌を大胆に露出させた。さらに胸元にはDカップの深い谷間が刻まれた。髪型はもちろんポニーテールで、眉毛はアイブロウで整え、念のために前髪で隠してあるのは言うまでもなかった。
浜辺の男たちは、しず子が歩くとみんな振りかえった。ビーチではスタイルの良さが容姿を三倍増しにしてくれる。噂を聞きつけて、しず子たちが寝そべる場所にのぞきに来る者まで出る始末だった。数組の大学生や社会人までもしず子に声をかけてきた。自分が中学生であることをあいまいな笑いでごまかしながら、しず子は有頂天だった。
その日、しず子は確かに渚のアイドルだった。

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