5.スタンガン

しず子の純情

窓の外で雷の音がすると、突然、土砂降りの雨になった。時計は午後六時を回っていた。
「まいったなぁ」
溜まり場まで自転車で来ていたしず子は、突然の雨で帰れなくなった。放任主義の草壁家は、中学入学と同時にしず子の門限を午後八時に決めていたので、しず子は仕方なく雨が止むのを待つことにした。
お店から家に電話すると、珍しく父親が出た。普段はいいのだが、しず子の父親は酒を飲むと癖が悪かった。この時間は大抵近所の居酒屋で飲んでいるはずの父親が、家で飲んでいるのはますます悪い兆しだった。案の定、電話の向こうの父親はかなり悪酔いしている様子だった。しず子は夕飯をパスして、離れに直接帰ることを告げると、素早く電話を切った。
「オレ、車だから送ってあげようか」
電話のやり取りを近くで聞いていたスギヤマがしず子に言った。
「いえ、平気です」
「でも、今日はポップス・ベストテンの日だろ」
「あっ、そうだった」
毎週夜七時からアイドルが総出演するポップス・ベストテンは、しず子のお気に入りの番組だった。
「じゃあ、乗せてもらってもいいですか?」
しず子が言うと、スギヤマはにこりと笑った。
初対面の男性の車に乗る危なさは、しず子も年相応に分かっていた。普通ならば当然断わるところだった。しかしポップス・ベストテンは絶対に見逃せない。さらに自分より背の低いスギヤマは、ゴボウのように細い腕をしていたので、万一襲ってきたらぶちのめす自信がしず子にはあったのだ。
店の前に停まっているスギヤマの白いセダンの助手席に、しず子は屈託ない笑顔で乗り込んだ。
海沿いの国道をしず子の家に行く途中にモーテルがある。バイオレットという名のそのモーテルは、この辺りでは有名なラブホテルで、兄のマモルもよく利用しているらしかった。その前に来ると、スギヤマは車を急に左折させ、モーテルの駐車場に乗り入れた。
(何すんだ、こいつ)
しず子の顔が強張った。
「ねぇ、写真撮らせてくんない。キミはスタイルがいいから、実は最初から目をつけていたんだ。ヌードで、一万円でどう?」
スギヤマが助手席に座るしず子の身体を舐めまわすように見ながらそういった。
「おっさん、ふざけんなよ」
腕力では絶対に負けないという自信から、しず子はスギヤマを睨みつけると、急に太い声を出して気色ばんだ。
「でも芸能界に入りたいんだろ。チャンスになるかもしれないよ」
「うるせえよ。お前の写真なんかいらねぇんだよ。しかもヌードだって?あんたバカじゃないの」
「つれないこと言うなよ。かなり大きそうだけど、バストは何カップなの?」
スギヤマはニタニタ笑うと、いきなりしず子の胸に手を伸ばしてきた。学校の廊下でマンザイに胸をつかまれて以来、その腕の動きはしず子の想定内だった。
「ざっけんなよ」
しず子は右手でスギヤマの手を払うと、顔面に左ストレートを軽くお見舞いした。ぐしゃっという手応えで、しず子の鉄拳がスギヤマの鼻の下にヒットした。
「イテテテ」
スギヤマは慌てて尻のポケットからハンカチを出し、口をおさえた。前歯に当たって切れた唇が血をにじませ、ハンカチに小さな赤い染みを作った。
「気が強いな。分かったよ、ゴメン。諦めるよ」
スギヤマはシフトをバックに入れると、左腕をしず子のシートの後ろ側に入れて、車をバックさせるように装った。
「おっさん、早く出せよ」
そう催促した瞬間、耳元で雷のような音がして、しず子は気を失った。
いかにしず子が強くても相手が悪かった。スギヤマと名乗る男はスタンガンを使う、強姦の常習犯だったのだ。

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