2.けものの兄弟

売られた女 比呂子

比呂子を誘拐して、今、車を走らせている男は村上みちるという中年の男だった。村上は経営していたイタリア・レストランで失敗し、多額の借金を負った。そのあげく闇金の金に手を出して倒産し、無一文になっていた。本来なら自己破産してやり直すのが筋だが、闇金が雇った取り立て屋の針木兄弟は、殺人も厭わないコワモテだった。巧みな手腕と頭脳プレイで、債権整理に付け込んで村上を搾り上げ、村上をさらなる破滅へと追い込んでいった。最大の武器として針木兄弟は村上の妻と中学生になる一人娘を人質にとっており、それをネタに村上を自在に操っていくのだった。表向きは債権業者を名乗っている針木兄弟だが、実は東南アジアに深い闇コネクションを持っており、そのルートを通じて麻薬の密輸や人身売買までも請け負う極悪非道な輩だった。兄の幸三はスキンヘッドに無精髭を生やしたゴリラのような大男で、極めて短気で暴力的な男だった。一方、弟の省吾は小柄でなよなよとした風貌だが、筋金入りのサディストだった。子供のころから兄の幸三は弟の省吾を溺愛しており、闇で稼いだ大金をつぎ込んで省吾を歯学部に通わせ、表の家業として歯科クリニックの看板を掲げさせていた。ただ、暴力的だが単純な性格の幸三にくらべ、省吾はサイコパス気質であり、実際に手に負えないのは弟の方だった。
今回、針木兄弟から、妻と娘を解放するという約束で村上が請け負ったのは、若い女の誘拐だった。兄弟のクライアントであるアジアン・マフィアが、日本人の愛人、それも若い素人娘を本国で囲いたいという意向を打診してきたので、針木兄弟はその愛人になるような素人娘の誘拐を、村上に命じたのだった。
「これが上手くいけば借金はチャラ。奥さんも娘さんも開放してやるよ」
「無理だ。誘拐なんてやったことないし、できっこないよ」
「大丈夫。段取りは教えてやるから、あとはお前の度胸次第だ」
実は半年前に拉致された妻と娘は、それっきり村上の前から姿を消しており、生きているのか死んでいるのかも分からなかった。既に海外に売り飛ばされている可能性すらあった。一刻も早く、二人の無事な姿を見たい村上には、イエスという答えしかなかった。
比呂子を誘拐した車は高速のインターから県道を走り、そして林道に沿って山の中へと分け入っていった。くねくねと林道をたどっていくと、突然大きな鉄の門扉が現れた。その門扉の先に古びた民家が立っており、そこが針木兄弟の根城だった。古民家の玄関近くに車を横付けすると、村上は荷台から比呂子を引きずり出し、肩に担ぎあげると、家の中へと入っていった。
玄関の土間からたたきをあがると10畳ほどの畳の部屋になっている。中央に囲炉裏が切ってあり、針木兄弟が揃って酒を酌み交わしていた。
比呂子を担いできた村上を見て、幸三は狂喜の声をあげた。
「おいおい、やるじゃねえぇか」
「村上さん、覚醒したね」
省吾が蛇のような顔つきで、村上に笑いかけた。
村上が畳の上に比呂子を下すと、さっそく省吾が近づいてきて、比呂子の顔を舐めるようにのぞき込んだ。
「きれいな娘だね。オッパイも大きそう。村上さん、こんな上玉、どこで仕入れてきたの?」
村上は省吾を無視して、比呂子のショルダーバッグを幸三に投げつけた。幸三はバッグを開くと逆さまにして、中身を畳の上にぶちまけた。フェイスタオルや化粧ポーチ、そして財布などが散乱した。
「あれ、スマホがないじゃないか」
幸三が村上をギロリと睨んだ。
「スマホはGPSがあるからね。スイッチを切って捨ててきた」
「さすが村上さん。気がきくじゃないか」
幸三は笑いながら、財布の中身を調べ出した。中には現金とクレジットカード、そして運転免許証が入っていた。
「どれどれ、吾妻比呂子、26歳、出身は静岡か。まあどこでもいいや。どうせ荷物と一緒に密航させて、売り飛ばすからな。パスポートもいらないし」
「そうだよ。密航って便利だよね」
そう言って省吾が笑った。
「だけど26歳はちょっと歳だな。エロ爺の要求は10代の若い子っていう話なんだよな」
「そんなの無理だろ。誘拐は若い娘ほど保護者が通報してすぐにバレるし、難しい」
「兄ちゃん、大丈夫だよ。この娘童顔だし、10代で通用するって」
そう説得する省吾の言葉に、幸三がしぶしぶ同意した。
幸三と村上がやりとりしている間、省吾は比呂子の傍らに座り込んで、体を点検しだした。まず仰向けになっている比呂子のカーディガンの前ボタンを外すと、左右に開いた。白いブラトップが丸見えになった。首から鎖骨にかけては抜ける様に白い肌。寝息にあわせて乳房の膨らみがゆっくりと上下し、下につけているブラジャーのレースの凹凸が、うっすらと透けて見えた。省吾は我慢しきれなくなって、比呂子の首筋に顔を寄せると匂いを嗅いだ。
(たまらない匂いだ)
それはシャンプーや化粧品やコロンの匂いではなく、若い娘特有の男を誘う甘い匂いだった。肌の美しさ、痩せているのにボリュームのある胸の膨らみ、そして甘い香り、まさにすぐにでもむしゃぶりつきたくなるようないいカラダだった。
比呂子は深緑色のキュロット・スカートを履いている。そのスカートの裾からほどよい肉付きのまっすぐな足が伸び、小さな膝小僧、脛、キュッとしまった足首へと続いている。それらが黒いストッキングに覆われていて、これも男心を異様にそそってくるのだ。省吾は我慢しきれなくなって比呂子の足元に回り、両方の足先をつまんで持ち上げると、股を少し開いた。そして開いた太腿の間に顔を近づけて、スカートの中を覗き込んだ。黒いストッキングの下に、白いパンティが透けてみえた。それは女の子の一番大事な部分を守るかのように、きっちりと張り付いている。そしてきっちりと張り付いている分、その下にある膨らみの形を露わにしているのだった。省吾は股の間にあてがわれている白いパンティの布の中にあるものを想像して、体がうずいてきた。
(手を突っ込んで、ぐりぐりしたら、こいつはどんな声を上げるのかな)
男の本能が首をもたげてきて、省吾は自らの股間が固くなってくるのを感じた。
その時、興奮した村上の声が響いた。
「早く返せよ。約束は果たしたから、妻と娘を返せ」
「慌てるなよ。二人を開放するのは一か月後だ」
詰め寄ってくる村上を、幸三がなだめた。
「なんだと」
村上がさらに声高になった。
「誘拐したからといって、このままじゃ売り物にならないんだよ。たっぷりと因果を含めて、この女に娑婆の未練を断ち切らせないと、愛人として使い物にならならいじゃないか。そのためには訓練が必要だ。ちゃんとご主人の言いつけを守って、毎晩、ご主人様を満足させるような、そんな女に仕上げなくちゃならない。そのためには最低でも一か月は時間がかかる」
「そんな話は聞いてないぞ…」
村上の言葉を省吾が断ち切った。
「大人しく、兄ちゃんの言うことを聞けよ。もしこの女が使い物にならなかったら、庭に埋めなくちゃならないんだ。そうなると村上さんは、ただ、女の死体を運んで来ただけってことになるよ」
村上が、蛇のような顔つきでねちねち喋る省吾を睨みつけた。今にも省吾に飛び掛かりそうな村上の気配に、幸三が割って入った。
「まあ、俺たちを信用してくれよ。上手く因果を含めて、ちゃんと使いものになるように、この女を躾けるから。一か月後にはお前の家族も戻ってきて、借金もなくなるし、全部うまくいくって」
村上は幸三の要求を呑むしかなかった。
こうして村上の車が走り去った後、幸三は比呂子の近くに座り込むと、眠っている比呂子の頭を撫でながら言った。
「さて、まずは初夜だな。今晩は久々に朝まで眠れないなぁ」
そう言う幸三に、省吾が甲高い声で笑った。

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