9.エピローグ

売られた女 比呂子

湯舟にたっぷりとお湯をため、比呂子は浴室の洗い場のスツールに腰かけた。そして大きく股を開くと、手にしたニッパーを股間にあてがった。それは今日の昼間に、商店街の荒物屋で買い求めたものだった。ニッパーの刃先を、注意深くピアスの棒にあてると、目いっぱいの力でニッパーを握った。プチッという手ごたえで、ピアスの棒が切れた。こうして自分の股間を拘束していたピアスを外した比呂子は、湯舟に入り身をゆだねた。
大きく深呼吸をすると、少しずつ安心感がこみあげてきて、体に満たされてくるような気がした。鏡で全身をチェックすると、乳房や下腹やお尻や太腿には、針木兄弟がつけた噛み跡が、赤く痣になって残っていた。しかし、それらもいつかは消えることを、比呂子は確信していた。
さらに比呂子はしゃがみ込んで、自分の性器を広げると、ピアスの跡を確かめた。そこには左右に2か所、小さな穴が開いていたが、それらもいずれは塞がってしまうことだろうと思えた。
風呂から出ると、比呂子はコンビニで新聞を買い、テレビのニュースを注意深く視聴した。比呂子が誘拐されてから10日間が過ぎていた。短いようで、地獄のように長い10日間だった。
こうして家で落ち着いてから、比呂子はスマホにたまっていたメール類の後処理をした。スマホは最初から村上が捨てずに保管していて、10日間、電源を切った状態になっていた。比呂子は上手くとりつくろいながら連絡を取り、みんなに10日間の不在を詫びた。驚き怪しむ者が何人かいたが、それらも上手くいいくるめた。
ようやく忙しい1日が終わった次の日、そのニュースがやってきた。山間部の山荘で爆発と火事があり、そこから3人の遺体が発見されたというものだった。ニュースの解説は、プロパンの火が保管されてたガソリンに引火して起きた爆発事故とそれがもたらした火事、という論調だった。
(やっぱり、村上さんはあそこで死んだんだ)
比呂子はその死を確信した。その後、ニュースでは目ぼしい情報が伝えられることはなかった。一般的な事故として、事件は葬り去られた。

その年の秋、比呂子は何の心配もなく希望に満ち溢れて、パリへと旅立った。(終)

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