16.やきもち

しず子の純情

年が明けてからの冬休みは、しず子のこれまでの人生の中で、一番幸せな毎日を送った。
昨年のうちに進学先を推薦で決めていたマサシは、毎日、しず子の部屋にやってきた。
一方、勉強に目覚めてからのしず子は、宿題をためることもなくなっていた。実際に二学期の期末に、しず子は歴史や英単語や漢字のテストで、クラス一番の成績をとっていた。つまりもうマサシに教わらなくても、しず子は自習できるレベルだった。二人の勉強会は、それを名目にしたデートに変わっていた。
同時にしず子は不良の溜まり場にも顔を見せることが少なくなっていた。溜まり場に集まる不良たちは、高校を卒業する頃には結婚や就職や上京などで顔を見せなくなるのが常だったが、しず子の場合はそれが一年早かった。
さらに一番変化があったのがしず子の服装だった。年が明けてから、しず子はジャージを着るのを止めた。もちろんスカートは履かないが、ジーンズの上にカラフルなセーターを合わせて着るようになり、これまでのしず子からは大きなイメージ・チェンジを図ったのだ。
年末に変えた髪型はそのまま維持しつつ、もう金髪に染めることもしなくなった。それどころか、しず子は再びアイブロウを使って、眉毛を整えるようになったのだ。久しく使わなかった手鏡を使って、しず子は毎朝、眉毛を整えた。つまり恋する女に変身したのだった。
二人はしず子の部屋で逢うだけでなく、自転車に乗って色々な所に行くようになった。初めてキスをしてから、しず子はマサシとの二人乗りをやめていた。人目につくのが恥ずかしくなったのと、肩につかまってマサシの後ろに乗っているうちに、なぜかだんだん抱きつきたくなってしまうのだ。マサシの背中に腕をきつく巻き付け、頬と乳房を押し当てて、ぴったりと寄り添いたくなってしまうのだ。さすがにその恰好はマズイと思った。
そこでしず子はマサシに自分の自転車で来るように言い、二台で連れだって動くようにしたのだった。海辺を走ったり、運動公園に行ったりした後で、二人は暗くなった路地の陰に自転車を止めて、自転車に乗ったままキスをした。
こうして勉強に煩わされることなく、二人は毎日一緒に過ごすことができるようになった。だが、かといって、毎日ひとつになることは出来なかった。離れとはいえ、いつ、母屋から親がやって来るとも限らないのだ。キスならば親の来襲にもバレる心配はないが、裸でベッドの中にいると対処はできない。しず子は色々考えた末、父親が酔って暴れている夜が狙い目であることに気がついた。
父親が酔って暴れ出すと、何をしでかすかわからないので母親が張り付きなる。それに巻き込まれないように兄のマモルは外へ出かけ、弟のタモツは部屋に籠るのだ。そんな夜は、安心してマサシと裸で抱き合うことが出来るのだった。
あの夏の事件以来、しず子は自分の生理をきちんと手帳につけ、管理していた。ヤリマン栄子の教育によって、しず子たちは妊娠を避ける計算方法を知っていた。しず子が、最初に大晦日を選んだのも、そうした学習の効果だった。
さらにしず子は県庁の近くにあるコンビニまで、わざわざ電車を使ってコンドームを買いに行った。顔がバレていないそこでなら、気軽に買うことができるのだ。
こうして十日に一度くらいの割合で暴れる父親に感謝しながら、しず子は離れのベッドの中でマサシとひとつになった。
(マサシはまだ子供だから、アタシがしっかりしなくっちゃ)
と思いつつ、実はしず子も気持ちを抑えることが出来ずに、ついマサシを誘惑したりしてしまうのだった。
「なんか熱いね」
石油ストーブがガンガン燃える離れで、しず子はそう言うとセーターを脱いだ。その様子を何気なく見ていたマサシが驚いた。
しず子はセーターの下に、白いタンク・トップをノーブラで着ていたのだ。身体にはりついているタンク・トップの胸元を、大きな乳房が押し上げている。そのまるまるとした頂きに、ピンク色の乳首が透けて、形がくっきりと浮かんで見えた。大きくくれている襟元から乳房の膨らみがはみ出し、谷間が見えていた。
マサシは緊張で顔をこわばらせ、みるみる赤くなっていった。
「どうしたの?」
しず子はわざと気づかないふりをして、テーブル越しにマサシの方に身を乗り出した。前かがみになると、マサシからはタンク・トップの胸元から豊満な谷間がまる見えになる。もちろん、しず子には計算済だった。あたふたするマサシを見て、しず子は内心喜んでいた。
「ちょっと休憩」
しず子は大きく伸びをして立ち上がるとベッドの上に乗り、壁にもたれかかって座った。
「マサシも休憩すれば」
「はい」
そう言われて、マサシがしず子の隣に座り込んだ。しず子はマサシの耳に唇を寄せると、囁くように言った。
「ねぇ、さっき、アタシの胸を見てたでしょ」
「はい」
しず子の意地悪な質問に、マサシはドギマギして答えるのだった。
しず子はタンク・トップの襟元を指で引っ張ると、乳房のまるみをマサシに見せた。
「この前、マサシがつけたキスマークだよ」
真っ白な乳房の膨らみに、赤い痣が薄く残っていた。
「大丈夫ですか?」
マサシが心配そうな顔をした。
「平気だよ。すぐに消えちゃうんだ」
「よかった」
「だから一杯噛んでいいよ。これはマサシがアタシのことを好きだっていう証拠だからアタシは嬉しいよ。いっぱいキスマークつけてね」
マサシが恥ずかしそうに微笑んだ。
「触って」
そう言われたマサシが、胸の膨らみにおずおずと手を伸ばしてきた。タンク・トップの布地の上から、乳房を手のひらに包みこむようにして優しく揉み上げてくる。しず子は幸せな気分にうっとりとなった。揉まれている乳房がどんどん重くなっていく。しず子は我慢が出来なくなってマサシを抱きしめ、自分からキスをした。そしてもつれるように、二人はベッドに横になった。
「マサシ、好きだよ」
「ボクも、しーちゃんが大好きです」
仰向けになったしず子の上に覆いかぶさったマサシは、しず子の胸の膨らみにぴたりと頬を寄せていた。
「マサシにいいことしてあげる」
しず子はそういうとタンク・トップを捲り上げ、露わになった乳房にマサシの顔を押し付けた。そして素早くタンク・トップを下して、マサシの頭を中に閉じ込めてしまった。破けそうに大きく膨らんだタンク・トップの中で、マサシの息遣いが荒くなった。しず子は両脇を締めて、わざと乳房を寄せ上げ、マサシの顔を挟んだ。マサシの熱い息や唇が乳房にあたる。その感触がしず子はたまらなく好きだった。マサシの頭の後ろをタンク・トップの上から優しく撫でてやると、興奮したマサシがしず子を思い切り抱きしめてくるのだった。そして乳房の内側のまるみに吸い付くと、甘噛みしながら背中にまわした手を下にさげ、しず子のお尻をジーンズの上からぎゅっとつかんでくるのだ。
「ああ、ダメ。マサシ、今日はダメだってば…」
そう言いながら、しず子は自分のジーンズのボタンを外して、ファスナーを下した。そうしておいてからマサシのジーンズのベルトとボタンを外し、その中に手を差し込んだ。しず子の手がパンツのゴムをくぐってマサシを握り、それをやさしくしごき始めた。
我慢できなくなったマサシの震える手が、しず子のパンティの中に遠慮がちに忍びこんできた。そして手のひらで膨らみを覆うと、ゆっくりと動き出した。
「あああ、ダメだよ。マサシ」
ひと撫でごとに、マサシの中指がしず子の奥に沈み込んでいく。
「ダメだってば」
そう言いながら今度はしず子が我慢できなくなって、ついにタンク・トップを脱いでしまった。その中から笑顔のマサシが現われると、しず子は慌てて両腕で胸を隠して言った。
「マサシ、電気消して」
マサシがベッドから立ち上がり、部屋の灯りを消した。部屋の中はカーテンから漏れる窓の外の外灯の光に満たされた。
「マサシ、来て」
薄暗闇の中で仰向けのしず子が手を広げると、マサシがその中に倒れ込むように入って来た。
「ねぇ、マサシ。脱がして」
しず子が言うと、マサシがずり下がり、肌に貼り着いたジーンズをゆっくりと脱がした。
しず子はその日、真っ赤なビキニのパンティを身に着けていた。大晦日以来、しず子はカラフルで小さめの下着を買っては、身につけるようになっていた。そして部屋の暗がりの中でマサシに見せては、感想を聞くのだった。
「今日は赤だよ。マサシは、赤は好き?」
「しーちゃん、すごくかわいいです」
「ありがとう。マサシ、脱がして」
マサシは無言でパンティの両脇をつかむと、ゆっくりと下し、しず子の足首から抜き取った。
「マサシ、もっと見ていいよ」
しず子はいつになく大胆にそう言うと、太腿を少し開いた。真っ赤になったマサシの顔が太腿の間に近づいてきた。それを誘うように、しず子は膝を立てると、大きく太腿を開いた。マサシの荒い息が、太腿の内側にかかった。しず子はあまりの恥ずかしさに身体が震えてきた。
「しーちゃん、キスしていいですか?」
「えっ」
マサシの言葉にしず子は驚いた。思わず顔をあげてマサシの視線を確かめると、しず子は真っ赤になった。
「そ、そんなぁ。恥かしいよ」
「お願いします。キスさせて下さい」
そういうとマサシがしず子のウエストに手を当てて、太腿の間に顔を埋めてきた。
「はん」
女の本能で、しず子は慌てて太腿を閉じた。しかしそれより早くマサシがぴったりと顔を埋めたので、マサシの顔を太腿ではさむ形になった。
「ああ、マサシ。ダメだよ。恥かしいよ」
そう言いながらも、しず子は喘ぎ声が湧きあがって来るのを止められなかった。
押しつけられたマサシの唇の感触に、しず子は腰が抜けそうになっていた。唇を押しつけたまま、しばらくじっとしていたマサシが舌を伸ばし始めた。
「ああん、ああん」
マサシの舌が花びらにそってゆっくりと動きまわる。しず子はマサシの顔を太腿で思いっきり締め上げた。
「凄い、マサシ。凄いよ」
しず子の声に応えるように、マサシの唇がお臍の方にあがってきた。そして割れ目の始まりにある、固くしこって飛び出しているしず子を探り当て、吸い上げてきた。
「だめ、待って」
しず子が大きく身体を震わせた。マサシが驚いて唇を離した。
「強くしないで。やさしくして」
そう言ったしず子は、マサシの唇を再び求めるようにゆっくりと腰をせり上げた。マサシが再び唇をよせると、舌先をやさしく押し当ててきた。
「そう、優しく…そう、マサシ。凄くいい」
しず子の言葉に安心したマサシは、舌先でゆっくりと舐め続けた。
「ああ、もうダメ。マサシも早く裸になって」
しず子がそう言うと、やっとマサシが顔を上げた。そしてしず子の太腿の間に座ったまま、手早く服を脱いで裸になった。
しず子は枕元に隠してあったコンドームを取り出した。そしてマサシが覆いかぶさって来ると、固く脈打っているマサシを探り当て、優しくつけてやるのだった。準備がすむやいなや、マサシが伸びあがって、しず子を貫いてきた。
「ああ、マサシ。キスして」
マサシが唇をかぶせると、しず子はその中に舌を深く差し入れた。マサシがそれを優しく吸い上げる。マサシの動きに合わせて、腰をあおりながら、しず子は早くも身体が震えてくるのを感じていた。
その年の四月、マサシは高校に入学し、しず子は高校三年生になった。
「マサシ、高校に入ったことを、お婆ちゃんのお墓に報告に行こうよ」
「そうですね。しーちゃんがお参りしてくれたら、お婆ちゃんが喜びます」
うららかな春の光の中、二人は自転車で連れだって、町外れにある墓地に向った。
街を見下ろすその墓地は、先祖代々を祭る古いお墓が多かった。その中でも内村家の墓は、目立って大きかった。墓石が苔むし、内村家の長い歴史を物語っていた。
「凄いお墓だね」
「戦争前にお爺ちゃんが事業で失敗するまでは、結構お金持ちだったみたいです」
「じゃあ、マサシの家もでっかいの?」
考えてみたらおおよその場所は知っているものの、しず子はマサシの家に行ったことがなかった。
「うちは小さな借家です」
「ふーん。色々あったんだなぁ」
「でもお婆ちゃんは、国立の女子大を出てるんですよ」
「ホントかよ?」
「ホントです。うちに卒業証書がありますから」
「ふーん、すげえぇな。じゃあ、マサシの頭が良いのはお婆ちゃんに似ているんだ」
「ボクの頭は良くないけど、勉強を教えてくれたのはお婆ちゃんです。ボクはうまく喋れなくて、幼稚園では結構問題児だったんです。でもお婆ちゃんが、全部、教えてくれました」
「よかったね。でもきっと、マサシはお婆ちゃんに似ているんだよ。そういうのを隔世遺伝とか、先祖返りとかっていうんだよ」
しず子は得意げに言った。
「へー、そうなんですか」
「アタシも先祖返りなんだ」
「しーちゃんは、どこがお婆ちゃんに似ているんですか?」
「ヒミツだよ」
しず子はニヤリと笑った。
「教えてくださいよ」
「いつか教えてあげる」
そう答えると、しず子は墓前に向い、神妙な顔つきで手を合わせた。
(お婆ちゃん、草壁しず子です。もうジャージは止めました。マサシとは仲良くやっています。というか天国から見て、色々知っていると思うけど、そういうことです。…でもアタシはマサシの邪魔は絶対にしませんから、安心して下さい)
二人のことをお婆ちゃんにきちんと報告できて、しず子は祈りながら心がなごんだ。
マサシが高校に通うようになると、二人の関係に少しずつ変化が現われた。
しず子は入学のお祝いに、マサシに携帯電話をプレゼントした。正確に言うとしず子が携帯電話を二台買い、一台をマサシに貸し与えたのだ。
しず子はそれまで携帯電話には全く興味がなった。仲間に勧められても頑として持とうとしなかったのだ。人と必要以上に関わるのが煩わしく、特にメールなどの濃密なつきあいから、友だちが心の中に入って来ることを警戒していたのだった。
しかしマサシとの出会いによって癒されたしず子は、ようやく若者らしい快活さを取り戻した。そうなると携帯電話は便利な機械だった。しず子はまたたくまに操作を覚え、マサシとメールのやり取りをした。
(確かに、いつでも繋がっている感じかいいね)
マサシとのメールや通話は送信料金がゼロ円の契約なので、心置きなく使えることもうれしかった。
高校に入ってからも、マサシは身長が伸び続けた。手足や胸板が幾分たくましくなり、ニキビは相変わらずなかったが、うっすらと髭も出てきた。
会う度に男らしくなってくマサシを見ながら、しず子はちょっと面白くなかった。
(こいつ、意外とモテるんじゃないか?)
そう思うと、しず子は急にそわそわしてくるのだった。
四月の入学時に、しず子はマサシにクラブ活動をすることを勧めていた。
「クラブですか。でも、運動は得意じゃないし…」
「だったら文化系は?音楽とか歴史とか色々あるんじゃないの?マサシは友だち作るのがヘタだから、クラブに入った方がいいよ」
「しーちゃんがそう言うなら、考えてみます」
結局、しず子に諭されたマサシは、科学クラブに入部することに決めた。聞けば科学クラブの部員は全学年で十人と、こじんまりしたクラブだった。「マサシにはちょうどいいよ」
入部の報告を受けたしず子は心から喜んだ。
ところが最初は乗り気でなかったマサシが、日を追うごとに科学クラブの活動に夢中になってきたのだ。しず子と会っている時も科学クラブの話題が多くなり、しず子はなんとなくつまらない感じがした。
特に同級生のミヨシさんという名前が頻繁に出るようになって、しず子はいつもその話に付き合わされるハメになった。
「ともかくミヨシさんは凄いんですよ。将来、ノーベル賞をとるかもしれません」
「マサシより頭がいいの?」
「全然かないません」
「へー、そんな奴がいるんだ。西高は凄いね。でも、ミヨシさんにだって苦手はあるでしょ」
いつもマサシが大袈裟に褒めるので、しず子はちょっとからかってやりたくなった。
「みあたりませんね」
マサシが自信ありげに言った。
「例えばさ、マサシみたいに喧嘩が弱いとか。やってみたらマサシの方が強いかもよ」
マサシが驚いた。
「えっ、いくらボクでもミヨシさんには負けないと思いますよ」
「なんで?」
「ミヨシさんは女の子ですから」
「えっ」
今度はしず子が驚く番だった。しず子はてっきり科学クラブは男だけのクラブだと思い込んでいたのだ。考えてみれば港西高は十数年前から共学になり、生徒の三分の一は女子だった。
「森下美芳っていう名前なんです。背が小さいし、痩せていますから、いくらボクでも負けないと思います」
「ミヨシって、名字じゃなくて名前だったの?」
「そうですけど?」
「なんでマサシは、その娘を名前で呼ぶの?」
「なんでって…みんなそう呼ぶんです」
「じゃあ、マサシも内村くんじゃなくてマサシって呼ばれるの?」
「いいえ、みんな内村くんって呼びますね」
「それって変じゃない?」
しず子はイライラしてきた。
(なんで女の癖に科学クラブなんて入るんだよ。名前で呼ばせたりして。バカじゃないの)
しかも問題は美芳さんだけじゃなかった。問いただしてみると、科学クラブの部員は十人中四人が女の子なのだ。
(お前の学校はどーなってんだ。そんなの聞いてないよ)
しず子はどんどん不機嫌になっていった。
(このままじゃ危ない。マサシが誘惑される)
しず子は手始めに、森下美芳について調べることにした。
後輩のネットワークを使うと、森下美芳の所在はあっけなく分かった。駅前にある開業医の一人娘だった。
しず子はバイトが休みの日に、こっそりと森下美芳の家に行ってみることにした。
森下家は、開業している医院の入口とは別に大きな門構えがあり、いわゆるお屋敷だった。高い塀の向こう側には、大きな松の木が何本も植わっていた。
(すげぇ、金持ちだな)
周辺をうろついたあと、門にかかった森下の表札をながめていると、門の中の玄関が開く音がした。しず子は慌てて電信柱の陰に隠れた。
門が開き、小柄な女の子が出てきた。セミロングの前髪を真ん中から分け、小鹿のように大きな瞳が印象的な美少女だった。しず子は一目見てショックをうけた。そんなこととは露知らず、その女の子は電信柱にもたれているしず子の目の前を通り過ぎて行った。小柄できゃしゃな体つきのわりには、黄色いTシャツの胸元が意外に大きく揺れていることをしず子は見逃さなかった。
(まいったなぁ。頭がいいし、可愛いし、若いし、アタシと大違いだ。ひょっとしたら胸もデカいかも)
しず子はうなだれて家に戻った。
その日、部屋にやってきたマサシを、しず子は速攻でベッドに引きずり込むとひとつになった。いつになく激しく燃えたしず子は、大きな喜びを得た後、布団の中でマサシにさりげなく聞いた。
「ねぇ、マサシ。クラブの美芳さんって、どんな髪型してるの?」
「肩ぐらいまで伸ばして、真ん中で分けていますね」
(やっぱり間違いない)
さらにしず子は続けた。
「身長は一五八センチくらい?」
「そうですね。でもどうしてですか?」
「ちょっと、そういう娘を駅の近くでみかけたから、ひょっとしたらそうかなぁと思ってさ」
「へー、もしそうだったら凄い偶然ですね」
「ねぇ、マサシ。変なこと聞くけど、美芳さんって胸が大きくない?」
「えっ、見たことないから分からないですね」
「服の上からなんとなく分かるでしょ。例えばアタシとどっちが大きい?アタシのは直接見てるんだから、見当はつくじゃない。」
「うーん」
マサシが真剣に考え込んだ。その様子にしず子はイラっときた。しず子のイライラに気づかないマサシが、ようやく考えをまとめ、答えを口にした。「しーちゃんの胸のサイズを教えてください。美芳さんにどっちが大きいか聞いてみますから」
「バカじゃないの。そういうことじゃないの。もういいよ」
しず子は怒ってマサシに背中を向けた。
「しーちゃん、どうしたんですか?」
マサシがしず子の背中に身体をすり寄せて来た。しず子はわざと無視した。マサシがこわごわと腕を回してきた。そしてしず子が怒りださないのを確かめながら、ウエストに手を回し、後ろから抱きしめてきた。そうされると弱かった。そうされると、しず子はうれしかった。
「マサシ、好きって言って」
「しーちゃん、好きです」
「ずっと言って」
「しーちゃんが大好きです」
マサシが耳元で繰り返した。しず子はようやく落ち着くと振り返り、マサシにキスをした。
(マサシは絶対に嘘をつかない。アタシはマサシを信じているんだ)
しず子はそう自分に言い聞かせると、唇を離し、マサシの目を見据えた。
「マサシ、お願いがあるの」
「なんですか?」
しず子は正直に言おうと思った。
「美芳さんのことなんだけど、学校ではいいけど、アタシの前では森下さんって呼んでくれる」
意表をついたしず子の言葉に、マサシが驚いた。
「えっ、いいですけど…どうしてですか?」
「理由はね、アタシがマサシのことを大好きだから。だからそうして欲しいの。約束してくれる」
「はい」
しず子は嬉しくなって、マサシを胸に抱きしめた。
「マサシ、大好きだよ」
「ボクも、しーちゃんが大好きです」
思わず頭に手を当ててマサシの髪を撫でながら、しず子はうっとりとなっていた。
(マサシはなんて素直でいい子なんだろう。アタシは嬉しい)
しず子はマサシの髪を撫で続けた。
遅めの梅雨がやってきて、六月の終わりは毎日雨だった。梅雨はテストが近づく合図でもあり、学生たちが憂鬱になる季節でもあった。
しかししず子はテストが気にならないほど、勉強が出来るようになっていた。それどころか一学期の始めに、しず子はクラス委員に任命されていた。それどころか高橋という男子生徒から、しず子は突然、告白された。
いつものように授業が終わり、マサシが待っている校門に急ごうとしていたしず子は、廊下でいきなり呼びとめられた。
「あの、高橋といいます。よかったら、今度の日曜日に映画に行きませんか?」
最初、何が起きたのか分からなかったしず子は、あっけにとられて相手の顔を見た。
「…つまり、デートして欲しいんですけど」
「アタシと?」
「そうです。実は、ずっと前から草壁さんのことが好きだったんです」
ようやく事情が呑み込めたしず子は、自分の顔が赤くなるのを感じた。
(男からそんなこと言われたのは初めてだ)
内心ニヤリとしながら、しず子は胸を張って言った。
「ゴメン。アタシ彼氏がいるから、そういうの無理です」
そう言って、しず子は男の視線を背中に感じながら、足早に立ち去った。
(そうだ。アタシには彼氏がいるんだ)
しず子は反射的に口に出た彼氏という言葉を、心の中で何度も反芻した。
(マサシがいるんだ。私の彼氏はマサシなんだ)
しず子は嬉しくなって、校門目指して走り出した。
マサシと二人で部屋に戻ってから、しず子は今日の出来事を得意げに報告した。
「どう?アタシはモテるんだから」
しず子の話に、マサシは相変わらず子犬のような顔で笑うだけだった。しず子は面白くなかった。
「ちょっと、人の話聞いてんの?」
「はい」
「じゃあ、なんとか言いなさいよ」
「しーちゃんはカッコいいですから、絶対にモテますよ」
そう褒められて悪い気はしなかったが、しず子が期待していたのはそういう言葉ではなかった。素直にいうと、ちょっと焼きもちを焼いて欲しかったのだ。
「マサシはアタシが他の男の人に告白されても気にならないの?」
「はい」
「えーっ。じゃあ、アタシが他の男を好きになってもいいの」
「はい」
「ちょっと、それどういう意味だよ。マサシはアタシのことが好きじゃないのかよ?」
しず子は思わず気色ばんだ。
「しーちゃんのことは大好きですよ。何があっても、誰とつきあっても、ボクはしーちゃんのことが大好きなんです」
「うーん」
しず子は考え込んでしまった。マサシの言うことに偽りはないのだろうが、胸のモヤモヤは晴れなかった。しず子は思い切って言ってみた。
「じゃあ、今日告白してきた高橋って奴と、今度映画に行ってくるからね」
「はい」
「マサシはどうすんだよ」
「ついていきます」
「ええっ?」
「ついていって、遠くから見てます」
「映画館に入っちゃうんだよ」
「外で待っています」
「マサシはストーカーか」
マサシの真面目な答えぶりに、しず子はだんだん楽しくなってきた。
「その後、手をつないで歩いちゃうよ」
「後ろをついていきます」
「キスしちゃうかもしれないよ」
「しーちゃんは、その人とキスしたいんですか?」
突然、マサシが大きな声を出した。
「しーちゃんがしたいなら、…仕方ないですね。見ていますよ」
マサシの顔がみるみる曇ってきた。
「したくないよ。そうじゃなくて、マサシに言って欲しいんだよ。映画に行かないでとか、キスしないでとかさ。そういう言葉が聞きたいんだよ」
マサシが不思議そうな顔をした。
「よくわかりませんけど、ボクはどんなことがあってもしーちゃんが好きですから、ずっとついていきますよ」
(だめだ。こいつには敵わないや)
しず子は白旗を上げた。
「分かったよ。アタシもマサシが大好きだから、いつもマサシの傍にいるよ。映画には行かないよ」
マサシが再び子犬のような笑顔に戻った。
待望の夏休みを控えて、しず子を少し憂鬱にさせる問題が起きた。夏休みの最初の週に、マサシが科学クラブの合宿に出かけることになったのだ。
「だって科学クラブでしょ。合宿で何やんだよ」
「研究と親睦を兼ねて集まるみたいです」
「泊りがけなの?」
「はい、民宿に一泊します」
マサシが取り出してきたスケジュール表を見ると、確かに昼間は勉強の時間もあるが、ビーチに行ったり、スイカ割りをしたり、花火大会まで予定されていた。
「なんか遊びに行くみたいじゃないか。マサシも海パン持って行くの?」
「はい。用意するようにいわれました」
「ふーん」
しず子はイライラしてきた。よっぽど行くのをやめさせようかと思ったが、寸前のところで留まった。
(イヤだけど、マサシも楽しみにしているみたいだし、ここはアタシが大人にならなくっちゃいけない)
「じゃあ、帰ってきた日にうちに来てね」
「もちろんです」
「お土産話を楽しみにしてるよ」
しず子はギリギリ頑張って、笑顔を作った。
合宿から戻った夜、約束通りにマサシがやって来た。日焼けしたマサシは、一段と男らしくなっていた。にこにこと微笑んでいるマサシを見て、しず子も嬉しくなった。
「楽しかった」
「はい。楽しかったです」
「ねぇ、写真とかないの?」
しず子は合宿の様子が探りたくて、マサシに催促した。マサシは楽しそうに鞄から数枚の写真を取り出した。
民宿の部屋の中での勉強のスナップや、夜の花火大会にまざって、ビーチでの集合写真があった。全員、水着姿で笑顔をはじけさせている。そのなかで森下美芳がどこにいるかはすぐに分かった。飛びぬけて可愛いだけじゃなく、一人だけビキニの水着を着ているからだ。しかもくびれた腰には、大きな花柄のパレオを巻き付けていた。しず子が思った通りの巨乳で、深い谷間を誇らしげに見せていた。しかも隣に立っているマサシの二の腕に、水着の胸を押しつけているように、しず子には見えた。
(なんだよ。オッパイを強調して、しかもマサシの腕に押しつけやがって。コイツ、本当に危ない女だな)
しず子はイラっときたが、それをマサシに悟られまいと頑張った。
「森下美芳さんって、この娘でしょ?」
さりげない口調をよそおって、しず子が指さした。
「そうですよ。よくわかりましたね」
「この前言ったじゃない。街でみかけたって。マサシ、アタシの話覚えてないの」
「そうでしたね。すいません」
「ねぇ、マサシ。森下さんって、モテるでしょ」
マサシの表情をさぐるようにしず子は言った。
「どうでしょう?わかりません」
そんなしず子の様子に気づかずに、マサシが屈託なく答えた。
「森下さんって彼氏いるの?」
「どうでしょう?知りません」
しず子はだんだんイライラしてきた。
(もうこの話題はやめよう)
そう思い直して心を落ち着けようとした時に、マサシがポツリと意外なことを口にした。
「思い出しました。海で森下さんが水着を着ていたんですけど、しーちゃんの方が、胸が大きいです」
「ええっ。マサシ、美芳さんの胸見たの?」
「はい、水着の上からですけど」
「そんなもん見るなよ」
しず子は思わず声を荒げた。
「でも、どっちの胸が大きいか聞いたじゃないですか」
「そうだけど、そうだけどさ。もういいから美芳さんの胸は二度と見ないで」
「わかりました」
「学校でもだよ。約束だよ」
「約束します。でもしーちゃんの方が、ぜんぜんスタイルいいですよ」
「ホントかよ」
そう言われると現金なもので、しず子は嬉しかった。
「ホントです。もし、しーちゃんが合宿に一緒に来ていたら、みんな驚きますよ。しーちゃんは雑誌やテレビに出てくる人みたいにカッコイイですからね」
「そうかな。そうでもないけど、マサシがそう言ってくれると嬉しいな」
しず子はマサシを抱き寄せて、ようやくお帰りのキスをした。

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