10.シメる

しず子の純情

夏休み前の終業式を終えた港中学校の校門は、生徒たちで賑わっていた。これから始まる長い夏休みに向けて、生徒たちは思い思いの話題で盛り上がり、各々グループを作りながら大騒ぎで校門を出て行く。しかしどの生徒の集団も、校門を出た途端、急に静かになり、足早に通り過ぎるのだった。
校門前のガードレールには、金髪でジャージ姿のしず子が腰掛けて煙草を吸っていたのだ。卒業以来、久々に母校の校門にやって来たしず子は、顔見知りの教師たちに見られたくなかった。そこで校門の門柱の陰になり、校内から姿が見えないような位置を選んで腰をかけていたのだ。終業式の終わる時間を見計らって来たしず子は、そこに陣取ってから早くも五本目の煙草を吸い終わろうとしていた。吸い殻を道路に踏み消して再び校門に目を移すと、ようやくマサシの顔が見えた。
「おい、マサシ」
大声で叫んだしず子に気がついて、驚いたマサシが近づいてきた。
「どいつだ?」
いきなりの質問に、マサシがとまどった。
「昨日、お前をやったのはどいつだって、言ってんだよ」
しず子は叱りつけるように、押し黙るマサシを問い詰めた。
しず子が卒業した頃に比べ、港中学は上品な学校になっていた。港中学の歴史の中で、学校が一番荒れたのがしず子の兄、マモルがいた頃で、次に荒れたのがしず子の世代だった。つまり中学が荒れる原因は、全て草壁家がからんでいたのだった。
それでも制服を大人しめに着崩した不良がいることはいた。しず子がマサシを問いただしている間に、そんな雰囲気の中学生五人組が出てきた。
「あいつらだろ?」
しず子の質問に、マサシが目で答えた。
「おい、そこのガキちょっと待て」
不良グループが立ち止ると同時に、ガードレールに腰かけていたしず子が立ち上がった。黒いTシャツに真っ赤なジャージの上下を着こみ、髪を金髪に染めている。しかも立ち上がった時のガタイの良さに、不良たちは驚いた。
「なんでしょうか?」
思わず敬語になった不良たちに、しず子が命令した。
「話があるから、そこの公園までおいで」
不良たちは大人しく従った。
公園につくなり、しず子はグループのリーダーと思われる少年を思いっきり殴った。少年はもんどりうって倒れた。まず、アタマを潰せ。幼い頃から兄に教えられた通り、しず子は最初にリーダーを狙って潰したのだ。少年たちはしず子の喧嘩慣れした早技とその腕力の凄さに驚き、そしてびびった。
「お前ら、マサシをイジめてるだろ」
「や、やってません」
少年たちは口々に言い訳をした。
「そもそもオレらは、内村君とはクラスが違いますから」
「そんなことはどうでもいいんだ。今日からマサシがイジめられたら、お前らがやったとみなす。知っての通り、アタシは草壁の妹だ」
草壁という名前を聞いて、少年たちが直立不動になった。
「マサシがイジめられたら、草壁兄妹がきっちり仕返しをするからな」
そう言うとしず子は煙草に火をつけて、一服くゆらせた。
「おい、手を出してみな」
そう言われた少年の一人が、おずおずと手を差し出した。その手のひらにしず子が煙草の火を押し付けた。
「ぎゃあ」
少年は慌てて手をおさえて、泣き出した。
「信じて下さい。ボクたち、本当にイジめていません」
「じゃあ、イジめている奴を見つけてお前らがヤキを入れろ。そしてマサシがイジめられないように、毎日、見張っていろ」
「そ、そんな」
「相手が強くて手出しが出来ないなら、アタシのところに連れてこい。ゲーセンでバイトしてるから、いつでも相手になってやる。分かったか!」
「…はい」
「それが出来なかったら、今度は顔を焼く。まだ駄目なら片目、その次は両眼だ」
「分かりました。頑張ります」
鼻血を出した少年がしず子に誓った。
「行くよ」
しず子はマサシを連れて、公園を後にした。
公園から無言で、子犬のようについてくるマサシに、しず子が言った。
「これからバイトだから、じゃあな。お前もイジめられないように頑張りなよ」
「あの」
「なに?」
「あ、ありがとうございました」
マサシが深々とおじぎをした。
それを無視して、しず子は足早に歩き出した。
取り残されたマサシは、しず子の後ろ姿に何度もおじぎを繰り返した。

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