8.金髪デビュー

しず子の純情

部屋に入るやいなやしず子はベッドの布団の中にもぐり込み、大声で叫んだ。純潔を奪われ、身体をオモチャにされた悔しさが込み上げてきた。しず子は掛け布団を蹴り上げ、拳を繰り出して、布団を殴り続けた。獣のような大声を上げて、しず子は暴れた。涙がとめどなく溢れてきた。しず子は布団の中で思いっきり声を上げて泣いた。
夜明けまで泣き続け、しず子はようやく落ち着いた。だが、下半身の異物感はまだとれなかったし、お尻の穴もひりひりと痛かった。
しず子は起きあがり電気をつけると、婆ちゃんが薬箱代わりに使っていた箪笥の引き出しを開けた。オロナイン軟膏のチューブを見つけると、指の上に薬を絞り出した。手鏡を床に置くと、しず子はスカートを脱ぎ、その上にまたがった。お尻の穴が赤く爛れていた。しず子は丁寧に薬を塗り込んだ。自分のみじめな姿に、スギヤマのいやらしい顔がまた蘇って来た。薬を塗り終わりベッドの上に倒れ込むと、しず子は布団を被って、再び泣き出した。
それから三日間、しず子は母親に風邪をひいたと嘘をつき、部屋に籠った。心配した母親が、おにぎりを作って差し入れてくれた。それを食べながら、しず子は考えた。
(アイドルになりたいなんて、海でチャラチャラしているから、こんな目に合うんだ)
しず子はアイドルになる夢が、急にくだらなく思えてきた。
(水着になった私の写真を手に入れた男どもは、それを見ながら、一人でいやらしいことをするに決まっている。汚らわしいお前らのオカズになんか、私は絶対にならない)
しず子は部屋に張ってあったアイドルのポスターを全て引きむしった。さらに歌を録音したディスクもアイドル雑誌も、全てまとめてゴミ袋に叩き込んだ。
(二度とスカートなんか履くもんか)
しず子はジャージに着替えると、ゴミ袋を捨てに外に出た。
(決めた。全部忘れて、全部やり直す。これからは徹底的にやってやる。男には二度と手出しをさせない自分になるんだ)
空は抜けるような青空で、夏の太陽が容赦なく照りつけてきた。しず子はゴミを捨てると、その足で薬局に向った。そして金髪のヘアカラーを買うと、部屋で髪を染め上げた。
その日の夜、金髪になったしず子が母屋の食卓にやって来たのを見て、家族全員がうなった。父親はしず子をきっとにらむと、視線を外して黙って食事をとり続けた。母親は動転し、しず子の視線をよけて、ソワソワとしていた。
「おお、いよいよデビューか。困ったら何でも言えよ。オレが締めてやるから」
兄のマモルが笑いながら言った。弟のタモツは無言でご飯をかきこむと、自分の部屋へと逃げて行った。
翌日の午前中、しず子はジャージ姿で自転車に乗り、ヤリマン栄子の家へ行った。
外に呼び出すと、寝ぼけまなこの栄子が出てきた。
「しーちゃん、どーしたの。その髪の毛」
しず子の金髪を目の当たりにした栄子が、驚きの声を上げた。
「お前だって染めてるじゃないか」
「アタシは茶髪。金髪はやり過ぎだよ。学校で怒られるよ」
「そんなことはどうでもいい。それより今日、お前らの溜まり場に挨拶にいくから、仲間を集めとけよ」
「ええ?」
「いいから集めろ。それと最初に聞いとくけど、お前はどうする?」
「何を?」
「敵か味方かだよ。私に逆らうなら、今、ここでけりをつけようぜ」
しず子に凄まれて、栄子が尻込みした。
「味方に決まってるよ。しーちゃんと私は小学校から友達じゃない」
しず子は栄子を舐めまわすように見て言った。
「よし、分かった。じゃあ、仲間を集めておけ」
しず子は自転車にまたがると、家に戻っていった。
昼過ぎに不良女子たちに集合がかかった。全員、髪を染め、思い思いの色のジャージを着た面々が、溜まり場に集まった。そこにしず子が入って来た。
「草壁しず子。よろしくね」
しず子のぶっきらぼうなもの言いと不敵な態度に、一同はたじろいだ。しかしその中で、副番長として中学生を束ねている高校三年のミカがからんできた。
「てめぇ、何様だ。仲間になりたいなら、口のきき方があるだろうが」
しず子は無言でミカを殴り飛ばした。ミカが膝から床に崩れ落ちた。鼻から血が噴き出していた。ミカは両手で鼻をおさえると、しくしくと泣きだした。全員があっけにとられるなか、しず子が穏やかに言った。
「喧嘩や揉め事は面倒だけど、やりたいなら受けて立つよ」
「マ、マモルさんは元気?」
グループのリーダーであるマサコが言った。
「元気だよ。可愛い妹のためならなんでもするって。オレの出番はいつだって、毎日聞かれるよ」
「そうなんだ。じゃあ仲良くやろうよ」
マサコの言葉で、全員の緊張がほぐれた。
「殴って悪かったな」
しず子が泣きやんだミカに手を差し伸べると、ミカは無言で握手してきた。その日から中学一年のしず子が、グループを陰で仕切ることになった。
しかしリーダーになったとはいえ、しず子は仲間に威張ったり、命令したりすることはなかった。終始無言で、いつもつまらなそうな顔をしながら、溜まり場の奥に陣取っていた。逆に仲間たちが気を使い、腫れものに触るようにしず子に接した。
グループの中で最初に問題になったのは、しず子の呼び名だった。力関係で言うと、全員が「しず子さん」と呼ばなければならないのだが、まさか上級生が下級生に敬語は使えなかった。しず子にはどうでもよかったのだが、結局、同級生と先輩は「しーちゃん」と呼び、後輩は「しずネェ」と呼ぶことで決着がついた。
夏休みが終わった始業式の日、学校は騒然となった。
これまでポニーテールで制服のスカートをミニにしていたしず子が、膝下の長さのスカートの下にジャージを履いて現われたのだ。しかも髪は金髪で、パーマがかかっていた。
その日の放課後、早速、職員室に呼びつけられたしず子は、教師の詰問にも無言で通した。業を煮やした学年の主任教師が、しず子の家に電話をかけた。知らせを受けて、しず子の父親が学校にやって来た。
しず子の父は、陸にいる時は必ず酒を飲んでいた。悪酔いしなければいいお酒なのだが、時化で漁に出られない時に昼間から飲む酒はクセが悪かった。最悪なことに、その日は時化だった。
「金髪の何が悪い?」
父親は職員室の応接にドカリと腰掛けると、酒臭い息で、主任教師にからみ始めた。
「髪を染めるのは校則で禁止されています。しかも金髪なんてもってのほかです」
「それじゃなにか?この学校には外国人は通えないのか」
「それはもともと金髪なら問題ないんです」
「うちの子も、もともと金髪だ」
「ええ?」
「うちはひい爺さんの時に、外人の血が入っているんだ。金髪でいじめられると可愛そうだから、小学校では黒く染めさせていたんだ」
「じゃあ、そのまま黒く染めなさいよ」
「おい、髪の毛を染めたら校則違反だろ」
「…」
緊急職員会議の結果、草壁しず子の金髪の件は不問となった。
「早く卒業させましょう」という校長の決断で、しず子は学校の腫れものになったのだ。
金髪のしず子が堂々と学校に通うようになって、それまで派手に髪を染めたという校則違反で自主停学していた連中が、続々と学校に通うようになった。各学年に4、5人の髪を染めた少女たちが、制服のスカートの下にジャージを履いて登校してきた。
しず子が久しぶりに学校に来たその仲間をひきつれて廊下を歩いていると、運悪くそこにマンザイが通りかかった。
「ちょっと待て、マンザイ」
しず子は小柄なマンザイの襟首をつかみ上げた。
「みんなは学校に来るのが久しぶりだから知らないと思うけど、こいつは油断すると、スカート捲ったり胸を触ったりするんだぜ」
しず子の言葉に仲間たちが笑った。仲間の一人、三年生のミツコがマンザイの顔をしげしげとのぞきこんだ。
「へー、面白いね。じゃあアタシのオッパイ触らせてやろうか?」
「いあ、その…」
「ほら早く触れよ。その代り、お前のキンタマ握らせろよ」
「ええ!」
マンザイを取り囲んだしず子たちがゲラゲラ笑い出した。
「アタシはGカップだから、デカくて、柔らかいぞ。そういうオッパイ触りたいだろ?アタシもお前のキンタマを握りつぶしたくてウズウズしてんだから、早く触れよ」
大きく盛り上がった胸を突き出してくるミツコに追い詰められたマンザイは、得意の土下座で切り抜けるしかなかった。
不思議なことにしず子たちが学校に来るようになってから、学校に平和が訪れた。しず子は終始無言で、ただ教室にいるだけなので、仲間たちもそれにならって乱暴はしなかった。
同じことは不良グループの中でも起きていた。これまでちょっとしたことで、グループ内では小競り合いが起きていたのだが、突出して喧嘩が強いしず子が入ってからは、イザコザが全く起きなくなったのだ。それでも最初は数人の跳ね返り者がしず子に逆らって来たが、逆にしず子にボコボコにされて大人しくなった。同時に男子の不良達も、こちらはしず子の兄にビビリまくっているので、しず子の機嫌をそこねるようなことは決してしなかった。
だが、しず子にとっては、そんなことはどうでもよかった。しず子には番長として学校に睨みを利かせている意識はなく、何もかもが面倒くさいだけだった。誰も知らない大きな傷を心に抱えて、しず子はボンヤリと毎日を過ごしていたのだった。
秋が深まった頃、夜にヤリマン栄子がしず子の部屋を訪ねてきた。何かを言いたそうな栄子のそわそわした様子に、普段は無口なしず子が先に口火を切った。
「どうした?なんかあったの」
「アタシ、できちゃったみたいなんだ」
「出来たって、…子供?」
栄子は頷くと泣き出した。
「普通だったら妊娠なんてヘマはしないよ。…夏休み前に、マワされたんだよ」
「誰に?」
「東高の定時制の三人組」
「何年の奴?」
「三年生。フラフラついていったアタシがバカだった。車で山に連れていかれて、そこで三人にマワされた。泣き叫んで抵抗したけど、…二人がかりで抑えつけられて、代わる代わるヤラれた。洋服は破られるし、下着は盗られるし…最悪だよ」
栄子はおいおいと泣き出した。
「もしかして写真とかも撮られたのか?」
「それは大丈夫だった。本当は撮られそうになったけど、必死になって暴れて、大声出したら諦めた」
しず子の中に、スギヤマに対する怒りが蘇ってきた。
「分かった。なんとかするから泣くなよ」
「しーちゃん、ありがとう」
「そういう奴らは絶対に許せないから、きっちりリベンジしてやる」
「でも、いくらしーちゃんでも、あいつらには関わらない方がいいよ。あいつらは中学生を狙って、そこいら辺をうろついているみたいだから。高校生にはびびるくせに、中坊だと思ってなめてんだよ。三人で役割決めて襲ってくるから危ないよ」
「心配すんなよ。アタシにはこういう時にしか役に立たないバカなアニキがいるんだから」
そう言って笑ったしず子につられて、ようやく栄子が笑顔を見せた。
「お腹のことも考えるから、一人で悩むなよ」
しず子に慰められて、気を落ち着かせた栄子が帰った後、しず子は早速、マモルの部屋に行った。
「どうしたんだ」
普段、部屋にめったに来ることないしず子の姿に、マモルが驚いた。
「栄子が東高の定時制にマワされた」
「栄子って、あのスナックの子?」
「そうだよ」
「それで相手は東高の誰?」
「三年の三人組だって」
「ふーん」
「どうも高校一年生を専門に狙っているらしい。栄子で味をしめているみたいだから、この辺も荒らされるかもね」
マモルの目がギラリと光った。
「そうか、分かった。東高のガキにデカい面される覚えはないからな」
190センチ近い巨体を揺らしながら、マモルが出て行った。
その夜遅く、マモルがしず子の部屋にやってきた。
「話つけたから。極道がケツ持ってるわけじゃなくて、サラリーマンの子供だって。厳しく躾けといたから、もう二度としないと思うよ」
「ありがとう」
「金も巻きあげるか?」
「いいよ、そこまでしなくても。警察沙汰はいやだから」
タモツに厳しく躾けられた三人組は、その夜から一ヶ月間、病院に入院した。そして退院したあと、いずれも一目散で町から姿を消した。
翌日、しず子は溜まり場に行くと、テーブルの上に一万円札を置いた。
「栄子が妊娠した。堕ろすから、みんな、寄付しろよ」
突然の申し出にみんなが驚いたが、しず子に先頭を切られた手前、各々がお金を出した。堕胎の経験がある高校生が病院を紹介してくれ、栄子は無事に子供を堕ろすことが出来た。
その年の暮れ、栄子は家出して、二度と町には戻ってこなかった。

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