祖母の葬儀の翌日から、マサシは再びしず子の部屋に入りびたるようになった。そして高校受験を控えた三年生にとっては重要な時期である期末テスト・シーズンになっても、マサシは毎日通って来た。
いつものように勉強が終わった後で、しず子が言った。
「お前、自分の勉強は大丈夫なのかよ」
「平気です。学校のテストは教科書の問題だけですから」
「そっか。マサシは天才だもんね。でも、高校受験は大丈夫?」
「港西高に推薦で行けることに決まりました」
「へーすごいね」
「そうでもないです」
「でも私立はどうすんの?そこに行けば、授業料がタダなんでしょ?」
「断りました?」
「えっ、どうして?」
口ごもるマサシに、しず子がたたみかけた。
「公立も安いけど、タダの方がもっといいじゃない。私立なら寮もあってメシの心配もないし、それでなくてもマサシんちは大変なんだから」
「でも、ボクは草壁さんに勉強教える約束をしましたから…。私立は全寮制だから、そうなるともう勉強を教えてあげられません。だから西高に決めました」
「アンタ、バカなんじゃないの。そんなこと気にしないで私立に行けばいいよ。マサシなら東大に入れるんじゃない?」
「私立へは行きたくないんです」
珍しくマサシが険しい表情で、大きな声を出したので、しず子は驚いた。しかもそう言い放った後、マサシはしず子の目を一心に見詰めてきた。しず子はドキドキしてきた。
(えっ、この子なんなの…)
しず子は予想外のマサシの反応にドギマギしながら、突然とんでもないことを口走った。
「マサシ、キスしたことある?」
「えっ」
驚いたマサシがみるみる赤くなった。
「ありません」
「してみようか?」
しず子はそんなことを言い出した自分に驚いた。マサシは真っ赤になっていたが、その瞳はしず子をまっすぐに見ていた。
「草壁さんとなら、したいです」
しず子がゆっくりと顔を近づけていくと、真っ赤になったマサシが目を閉じた。マサシの唇は柔らかく、温かかった。周りの音が消え、耳の中で自分の心臓の音だけが鳴り響いた。
しず子が唇を離すと、しばらくしてマサシが目を開けた。
「どんな感じがした?」
「草壁さんが…柔らかかったです」
マサシがポツリと言った。
「それだけ?」
「タバコの匂いがしました」
「ふーん、そっか。…また明日もしようか?」
「はい」
その日から、しず子はタバコをやめた。
部屋の窓を叩く北風の音がうるさかった。時計の針は午前一時を回っていたが、しず子は眠れずに、ベッドの上で何度も寝がえりをうった。
あの日以来、二人は勉強が終わると必ずキスをするようになっていた。テーブル越しに、互いの身体に触れることのない他愛もないキスだったが、それでもしず子は心の底から嬉しかった。しかしその一方で、しず子は自分がとんでもないことをしでかしているような罪の意識に苦しんでいた。
(なにがお婆ちゃん、心配しないで下さいだ。アタシは真面目なマサシを誘惑しているじゃないか)
しず子は斎場でマサシの祖母に誓ったことを思い出しては、自分自身を責め続けた。
(マサシは、こんな化け物みたいに大きなバカ女を相手にする人間じゃない。しっかり勉強して、東大に行って、凄く偉くなる奴なんだ。変態の強姦魔にいいようにやられた年上の不良女になんかに、関わったらいけないんだ。お婆ちゃん、ごめんなさい)
しず子は布団の中で、毎日懺悔した。
(アタシはなにをやってんだろう)
しかしマサシに会うと、そんなことは全て忘れてしまうのだ。
鉛筆を走らせながらマサシの声を聞いていると、なぜか心が安らいで、うっとりとしてくる。このままずっとマサシの声を聞いていられたらいいのにと思うのだ。そして我慢できなくなって、上目使いにマサシを盗み見ると、その柔らかい唇から目が離せなくなる。どうしてもキスしたくなるのだ。
(今にバチが当たる)
しず子はベッドの布団の中で足をバタバタさせ、髪の毛を掻き毟った。
(どうしてキスしたくなるんだろう)
生まれて初めて恋をした自分に気づいていないしず子は、布団の中で悶え苦しんだ。
しかし、毎晩の懺悔にもかかわらず、しず子はマサシのことがどんどん好きになっていった。その気持ちは、もう止めることが出来なかった。バカな自分を毎晩呪いつつ、しず子はどんどんエスカレートしていった。
ある日、いつも通りにキスをした時に、しず子は思い切ってマサシの口の中に舌を入れた。こわごわと舌を伸ばすと、マサシは唇を開いてそれを受け入れた。マサシの口の中で、二人の舌と舌が触れあった。しず子はあまりの興奮に身体が痺れた。それをきっかけに、マサシもしず子の口の中に舌を入れるようになってきた。マサシの舌は柔らかく、優しく、しず子は噛み切って呑み込んでしまいたかった。こうして二人の軽いキスは、お互いの舌を絡め合い、吸い合う、熱いキスに変わっていった。
冬休みに入った最初の日、いつものようにテーブル越しに熱いキスを交わした後、しず子は玄関で帰りかけたマサシの背中に寄り添った。そしてこちらを振り向かせると、マサシの首に両手を巻きつけて、再び熱いキスをした。マサシは遠慮がちにしず子の身体に腕を回すと、ゆっくりと力を込めてしず子を抱きしめてくれた。初めてマサシと抱き合ったしず子は、その感触にしびれた。
(やっぱり男だ。痩せているくせに、骨が太くて逞しい。マサシ、もっと強く抱きしめて)
しず子は腕に力を込めた。それに応えるように、マサシも腕に力を込めてきた。ぎゅっと抱きしめられて、乳房がマサシの胸板の上で押し潰されて広がった。しず子は身体の中心が痺れるような感覚に震えた。だが、しず子はそれ以上のことを企んでいた。
唇を離したしず子は、マサシの耳元で囁いた。
「マサシ、胸をさわってもいいよ」
しず子はそう口に出してから、自分がみるみる赤くなっていくのを感じた。マサシがジャージの上から、緊張で震える手をしず子の胸の膨らみにあてがってきた。実は勉強の途中でマサシがトイレに立った隙に、しず子はブラを外しておいたのだ。ジャージの布越しに、意外に大きなマサシの手のひらを感じた。乳首が痛いほど固くなった。
「ぎゅっとしてもいいよ」
しず子のかすれ声に、マサシがやさしく胸を握りしめてきた。握りしめられる痛みの中に、キュンと痺れるような感覚が走った。
(ああ、このままマサシを帰したくない)
しかしそんな訳にはいかなかった。
「明日も逢おうね」
「はい」
しず子はマサシのおでこに優しくキスをすると、名残惜しそうにマサシを送り出した。